悴む指先を息で暖める。いくら自分が火竜という通り名でも寒いものは寒いし、冷えるものは冷える。

「うー、さぶっ…」

ナツは数時間前からこのカルディア大聖堂の正面入り口の前で待ち合わせをしている。広い通りは雪が降り積もり、人と車が通る道だけ石畳の道路が顔を覗かせて、白と黒のコントラストがくっきりと表れている。中でまでばいいのに、と自分でも思っていたが当初の待ち合わせはこの外で、ということなので律儀に守っていた。雪が降ってくるなりもう少し厚着をしてくれば良かったと後悔をしたが、耐えられないこともないのでそのままラクサスを待つことになった。
雪はだいぶ弱まってきているものの、それでも積もりつつあるのは全く変わりない。目の前を通り過ぎていく人々は皆足早に過ぎ去っていく。日も暮れて当たりは暗く、家族を持つものは一日聖なる日ということで一家団欒の為に家に帰っていく。
自分は家に帰っても誰も待っていない。相棒の青い猫は、今日は同じ滅竜魔導士の青い髪の少女と白い猫の元で今日という聖誕祭を祝うらしい。
それでも去年とは違い、今年は一緒に祝う人がいる事を嬉しく思う。その帰りを今か今かと待ち構えていた。

「お、ラクサスー!」

遠目から大きな駆体が確認でき、腕を上に突き上げて大きく振る。もちろんそれに気がついても反応はしないラクサスは、ふっと頬を緩めるだけで、同じ歩幅で歩いて近づくだけだった。
外灯でキラキラと光る金糸の髪がこちらに近づいて来る度に期待と、こういう事に慣れていない緊張で心拍数が上がる。その緊張からはぁ、と落ち着きを取り戻す為に息を吐くと白くなる。日が落ちてからまた気温が下がったな、と今更ながらしみじみ感じた。

「ラクサス、お疲れっ!」
「お前、もう少し暖かい格好が出来ないのか…」

はぁ、とラクサスが白い吐息を漏らす。普段と何ら変わりない格好をしている薄着のナツに見かねて、自分の羽織っていたコートをナツに掛けてやる。ナツはラクサスの思ってもいなかった行動に驚いて目を見開いたが、すぐに破顔して感謝を述べた。

「ありがとうな!すげーあったけぇ!」
「そりゃあオレがさっきまで着てたからな」

ラクサスのぬくもりが暖かいということを、自分で言ったことが墓穴となり、顔を真っ赤にしたナツにふっと笑みを漏らし、色素の薄い頭部に軽く降り積もっていた雪を手の甲で払いのけてやる。約束の時間は当に過ぎてしまっていた事を改めて実感したラクサスは、少し腰をかがめてナツの旋毛に口づけを落とす。ふわふわとした髪の毛が顔を擽った。

「早く入るぞ」
「お、おうっ」

顎だけで扉をさし、建物の中に入るよう促す。ナツはそそくさと恥ずかしさからラクサスの前から足早に扉の前へ歩いて行く。ラクサスも、自分で恥ずかしいことをしたという自覚はあるようで、少し目元を赤くしてナツの後を追うために、階段に脚を掛けた。


* * * * *


「はー、寒かった」
「中で待っていれば良かったんじゃねぇのか」
「うーん、それも考えたんだけどな、ラクサスが分かんなかったら困るからな」
「…これだけ寒かったら、中に入ってるだろうと見当がつくだろ…」
「!」

そういわれてみればそうだな、と手を叩く。そういう真っ直ぐ過ぎるところは嫌いではないが、自分が凍えるほど外にいるのはさすがに感心できない。
コートの端を未だに両手で握っている手を、片方はずしてやり、両手でつつんでやる。ラクサスの手ももちろん冷たくなってはいるが、ナツほどではない。
空調など効いていない大聖堂の中で少しでも暖かくしてやろうと手を握ると、赤みが引いていた顔が再び赤みを帯びる。手は温かくないのに顔はすぐ温かくなるのか、と思わず感心してしまった。

「ら、ラクサス」
「なんだ」
「手、あの」

返事は返さず無言で手のひらをむにむにと親指でマッサージする。ナツはそのラクサスの行動をやめさせたいのだが、優しさが伝わってきてしまいどうすることも出来ず、ラクサスのコートをぎゅっと強く握って、されるがままにする。
そもそも、ここに何故つれてこられたかナツは知らない。ラクサスがクエストに出かける前に、今日の日付と時間を指定され、待っているようにと言われただけだった。もちろん今日になってグレイやルーシィに飲みにいかないか、と誘われたがその用事も断りこの用事を優先させたのは、自分がラクサスと恋仲であるからだ。
今日が特に恋人の日とは決められているわけではないが、世間では恋人と過ごす事をナツでも知っていたのでラクサスもそうなのかと思うととても嬉しくなったのは事実。
そして張り切って外で待っていたので、ナツ本人は全く苦ではなかった。少々寒い思いをした、ただそれだけだった。

「少し暖かくなったな」
「お、おう」

マッサージしていた両手を離すと、寒さを感じる。それに少し寂しさを感じたが、ラクサスが歩いて行ってしまうので、その後を追った。
ラクサスとナツは深紅の絨毯を歩く。天井からつるされている照明は地上との距離が遠いため、当たりはぼんやりとしており全体的に薄暗い。しかし、教会特有の厳かさがあり、静寂は冷たいものではなくどことなく暖かさを感じる。
一度前にラクサスと激しい戦闘をしたっきりで特に用事もないナツはこうしてゆっくりと訪れるのは初めてだった。ギルドとは全く異なっており、
シンメトリーで美しい内部構造になっていた。場違いもいいところだな、と思いつつきょろきょろと当たりを見回す。
特に自分が興味を引くようなものもあるはずがなく、ただラクサスについて行くだけだった。

「うわっ」

突然立ち止まられ、思わず鼻頭をラクサスの背中にぶつけてしまう。ナツはラクサスの顔を見上げようと顔を上げた。そういえば、まだラクサスのコートを着たままだと気がつく。ばっと、急いで脱ぎラクサスに差し出した。

「ラクサス、これ」
「…ああ」

ラクサスは後ろにいるナツへ体躯をむけ一応、コートを受け取る。ラクサスはどうやらコートを返して欲しかった訳ではなかったようだった。なんだ、と思わず面食らってしまったナツは予想が外れたことをすこし残念に思う。
考えてみればラクサスは自分が考えた斜め上の行動を良く取る。先ほどもコートを掛けてくれたり、旋毛にキスされたりと自分が予想していたハードルを軽々と越えてくるのがラクサスだった。

「もういいのか」
「おう。寒くねー」
「そうか」

ラクサスはコートは着ず、そのまま腕に掛け持っている。ナツはどう声をかけていいか分からず、そのまま黙ってしまう。別に何でも言えばいいのに、と頭の中では思ったのだが、雰囲気と場所がいつもとは全く異なり口を噤んでしまうのだった。何を考えているのかよく分からない表情で見下ろされ、ナツはうつむいてしまう。ラクサスも、特にナツに押し黙って欲しいわけではなかったが、上手く掛ける言葉が見つからず押し黙ってしまった。
それでも、せっかく二人きりなのだから、とラクサスは手を伸ばしナツの髪の毛に触れる。一度毛先を弄び手を引いて、今度は頭をゆっくりと撫でた。セットしているワックスが掌に纏わり付くのも気にせず、ゆっくりとした動きで撫でる。
ナツは俯けていた顔をゆっくりと上げ、ラクサスを上目でちらりと見やると、普段より優しげな表情をしたラクサスが瞳に映る。
本当に恋仲なのだと、実感した瞬間だった。
何度も撫でられると気持ちよく、開いていた眼を薄めにして甘受する。優しい手つきに思わず甘えたくなった。

「ナツ」

想像以上に声が周囲に響き渡り、思わずビクリと身体を跳ねさせてしまった。嫌な訳ではない。名前を呼ばれるとは思ってもいなかったからだった。
ナツは再び目をあけて、ラクサスを見る。ラクサスの撫でていた手はゆっくり下に降りていき、肩に手がかかる。ナツでも何をされるか大体の予想がつき、ゆっくりと目を閉じた。
ラクサスはナツがそれをしようという事を感じとったのが嬉しくなり頬を緩め口だけで笑みを作る。使っていなかったもう片手を、そろりとナツの下顎に掛け、少しだけ上を向かせた。ナツの薄く乾燥で少し荒れてはいるが形はいい唇は引き結ばれている。
自分の腰をゆっくりと傾けナツの顔に近づける。気配でわかるのか、顔が近づく度に閉じている目がぎゅっと力を込める。そういった初々しく慣れていないのがとても愛らしいと感じたラクサスは、思わず苦笑が漏れてしまった。

「怖くねぇよ。喰うわけじゃねぇ」

ラクサスらしい物言いにナツも安心したのか、力を込めていた瞼を、ゆっくりと和らげていく。
再び顔を近づけ、ラクサスは唇をナツの唇にゆっくりと重ねた。幾度か角度を変えて重ね併せるだけだったが、下唇を啄み徐々に深いものへと変えてゆく。
最初は緊張していたナツだったが、重ねる度に安堵したのか閉じていた唇を緩め、ラクサスの舌が差し込まれるのを待ちわびた。それに応えるようにラクサスはそろりと舌を差し入れる。歯列をなぞるように舐め、引き込まれるかのようにナツの咥内に進入する。ナツの舌は遠慮がちにしていたが、何度か吸ってやると次第にほぐれ、積極的に絡めるようになった。
貪るようにして口吻を何度も交わす。ナツも熱があがってきたのか、遠慮がちにしていた腕はいつの間にかラクサスの首に回り、口づけを欲した。
巻き付けた腕に力が入り、砕けそうになる腰を何とか支える。それに気がついたラクサスは、顎に掛けていた手を腰まで下ろし、そのまま腰を抱き込む。
いっそう二人の身体の距離は近づき、口づけは止むこと無くより激しいものに変わっていく。ラクサスが送り込む唾液が呑みきれないのか、ナツの口の端からは唾液が伝い落ちる。それをぬぐうこともせず、ラクサスとナツは静寂が保たれている空間で水音だけをさせて口づけを貪った。
ラクサスは唇を漸く離し、まだ蕩けきっているナツの顔中にキスを降らせる。
漸く意識が戻ってきたのか、ナツはラクサスの顔を見て瞬時に赤くさせた。

「なに今更赤くなってんだナツ」
「う、うるせぇっ…!」
「ナツ」

顔を背けて耳まで赤くしているナツを思わず全身を抱き込んだ。
先ほどの口づけの熱は未だに冷めないのか、全身から高くなった体温を感じる。

「お前と、ココに来れられて良かった」
「えっ?」
「今日、何の日か知ってんだろ」
「そ、そりゃ、もちろん」
「オレだって、…」

ナツは顔を戻してラクサスをみると、今度は逆にラクサスが顔を背けてしまう。表情は分からないが耳が赤くなっていることはわかり、普段から表情を崩さないラクサスの意外な一面を見られたことに嬉しくなった。

「だって?」
「…言わせるんじゃねぇよ」

それだけ言うと、ラクサスはナツを抱きしめている力を強めただけだった。
ナツもその応えに嬉しくなり思わず笑顔がこぼれる。
そんな仲むつまじい二人を見ているのは、ステンドグラスに描かれている幻想的な天使だけだった。



ラクナツお幸せに!