時々桓騎の別邸に出入りするときに、桓騎が呼んでいるのであろう娼婦とすれ違ったりする。
俺とは全然違い出るところは出て、艶がある長い黒髪。厚ぼったい唇とぱっちりとした瞳。煌びやかな刺繍糸で色とりどりの紋様が縫われている上質な絹織物の服。その釣り合いのとれてる多分綺麗と呼ばれるその容姿は桓騎でなくても入れ込むと思う。俺にはまだよく分からない。
そんな娼婦が俺とすれ違った時、疑問の声をかけられた。あなたもそうなの、と。それだけ言って、別邸を後にする娼婦の後ろ姿を声も掛けずにみていたことが一度だけあった。
あなたも、というのは男娼だと思われたのだろうか。確かにそうかもしれない。気に入っている一張羅は襤褸布だし、それといって麗しいと言われたりはしない。間違えられても無理はない。
どうして自分なんだろうか。それは常日頃から疑問に思っていた。ただ聞いたところで質問を交わす秘密主義の桓騎は俺に何も言わないだろう。
俺の見解はこう。だから、娼婦に言われたことに即座に否定できなかった。俺じゃなくてもいいのに。そう言えたらどれだけ楽なんだろう。
抱かれるのは嫌いだった。嫌いというよりもなんで、の方が先にくるからだ。痛くされるわけじゃないし行為そのものは、まあ、嫌いじゃないと思う。よりも、相手が大嫌いだからなんで、が強かった。俺は男だし、筋肉もついてる方だと思う。多分。桓騎よりはちょっとばかりついてないが。

で、今はというと寝床に転がされて、後孔を弄られている。今さっき桓騎のごつごつした指が俺の内壁を分け入って入ってくる。この妙な感覚はいつまで経っても慣れる気配がまるでない。それはそうだ、普段は出すところなんだから入れるわけないのに入ってくるから、圧迫感がすごい。風呂で処理みたいなことをさせられて、柔らかくなってるのが唯一の救いだと思ってる。あと、なぜか桓騎は油みたいなものをたっぷり指につけて挿入てくる。別に痛くても平気だっつの。言ったことねェけど。
内の感覚を楽しむみたいにゆっくりと指を滑らせる。自分の指で何回か触ったことがあるけど、なま暖かくて妙な感じだった。気持ちいいとは言えない。けれど、一ヶ所だけ触られると声がでる所がある。そろそろそれがくる折だと思うんだけど、今日はやけに奥の方を穿ってくる。内蔵が圧迫されて、蛙が潰されたときのような声がでてしまいそうになり、あわてて口を押さえた。だってだっせぇし。
「声、出せ」
何言ってんだ。そんな弱いところ誰がお前に見せるか。俺は口を両手で塞いだまま首を横に振って、否定した。そもそも男が喘いでる声を聞いて何が楽しんだろうか。恥ずかしいやら、苦しいやらで声が出るのを防いだが、絶え間なく内壁をほぐされる指は俺を無遠慮に責め立ててくる。
ここでふと先ほど声をかけられた娼婦のことを思い出した。あの娼婦もこうやって抱かれ、こいつに身体をまさぐられ、あられもない声を出すのだろうか。それと全く同じことを俺がしてるのだから、妙な気持ちになる。なんとも言いようのない、象れない土のような、言い表せない感情だった。
指がぐっと奥まで入り、戟の先みたいな指の形で桓騎が内壁を刺激してくる。その指の腹の感覚で、思考から今に引き戻された。
「何考えてる」
「んっ、……でも、ッ、ねェよ……」
声をかけられて、視線だけで顔を見やったが桓騎とは視線が合わず、指の動きに集中していた。俺を見ないで声をかけるのおかしくないか。俺が何を考えたって良いはずなのに。桓騎のことはよく分からなかった。こういう関係になる前から、つまり黒羊丘であった時から分からなかったし、今もどうして声をかけてきたのか。確かに違うことを考えてはいたが、それにしたって勘が良すぎる。それはもう、怖いぐらいに。
「何でもねーなら集中しろ」
「集中ッ……、しろって、ァっ……、言うけど、っん、! 無理、……ッ、だっ」
事実、指がもう一本増やされ、内蔵への圧迫感がかなり強い。気持ちいい、よりも気持ち悪いのほうが強いはずなのに、何故か声がいつも出てしまう。気持ち悪いのが好きなのだろうか。そんなことがあったら、面目が丸つぶれだ。
ざりざりとした内壁を自分にまざまざと確認させるかのように、形をなぞってから指を奥から手前へと動かす。水音がこちらまで聞こえてきて、身体の体温が一気に上がるのが分かった。
「おとなしく声出せって」
ぐり、と前立腺を爪先で引っかかれ、大きく息を吸って、声にならない声が上がりそうになる。重点的に指の腹で何回も上に上に何回も往復して、刺激を与えてくる。貯まっているものが出そうな、そういう感覚が俺の脊髄を刺激して、腰が前後に自然と動いてしまう。こんなかくかく腰を震わせて、他のやつには見せられない。一番嫌いなやつに見せているのが一番悔しい。けど、気持ちいい。
「――ッ! いや、だっ……!」
「ハッ、……その減らず口、叩けなくしてやる」
指が急激に引き抜かれ、内壁は締め付けるものがなくなり、後孔が寂しそうにぱくぱくと金魚みたいに指を欲しがった。断じて自分の意思でやってる訳じゃ無い。身体が勝手にやってる。そう、自分の所為じゃない。そう言い聞かせるが、喪失感が無くなる訳じゃなく、既に次の快楽を身体が求めている。何が起こるか分からないぐらい小さくないし、何回も行っているから知ってる、その強烈な刺激に期待を昂ぶらせている。
ずるり、と孔の入り口を指とは比較にならないぐらいの質量と、その熱を持った欲が口付けをしてくる。何回か谷で欲を擦り上げ、それから深く遠慮なしに潜り込んできた。
「んん、――ッッ!」
指では到底届かない場所まで届いてしまい、あっけなく気をやってしまう。悔しい。これもまた慣らされた行為だ。背を仰け反らせて、寝台に敷かれている布を掴みやり過ごそうとしたが、その鮮烈過ぎる刺激はいまなお脳天を痺れさせている。これ、あまり好きじゃ無い。出す方がすっきりしてぐったりできるけど、この達し方はいつまでも甘く長引かせる。それと一緒に身体が自分のものでなくなるような、ふわふわした感覚がずっと残って引きずって余計に神経を尖らせて、桓騎からの責めが容赦ないものになる。布をぎゅっと掴んで、肩と一緒に上下して浅く呼吸を繰り返した。
頭上から乾いた笑いが降ってくる。どんな顔して俺を見ているか見てやりたかったけれど、俺が顔を上げる余裕がなさ過ぎて、桓騎の腰の律動を止めさせたかったのに、出来ないことが悔しい。
「軽く達したか」
「はっ、……るせェ、ッ」
腰だけを高くして、背後から挿入されている格好から桓騎が肩をつかんでぐるりと身体を横向きにさせる。普段は後ろからしてくるのに今日の違う体位に驚いて、思わず視線だけで桓騎を見たが、特に何も言わず俺の片足を大きく持ち上げ、もう片方の足の太股に乗り上げ、ずるりと性器を入り口まで引き抜き、そこから勢いよく奥まで肉壁をかき分けて穿ってくる。いつもとは違う角度で桓騎の亀頭が、中をえぐってくる。視界がその一瞬でチカチカし、合わせるとかもうそういうことを言ってる場合じゃ無い。これはなんとかしないといけないのに、腰と足を掴まれているので、どうにも出来ない。
躯体を上へとずり上がってなんとか中に入ってる桓騎の自身を抜こうとしたが、そのくねった動きだけで中がさらに快感を拾ってしまい声が上がってしまう。
「あっ、! ッ……そこ、んんッ! すげェ、やだッ……、あッ、……んぅう、!」
「あ? イイの間違いだろ。腰動いてンぞ」
これは決して気持ちいいから腰が動いてる訳じゃ無い。お前のその手と肉棒から逃れたくて動いてる。そう言いたいのに出てきた声は甘ったるい喘ぎで、否定になってなかった。事実、動く度に桓騎の欲を欲してるのか内壁が甘く締め付けるのが分かってしまう。欲しくない。でも、欲しい。この相反する気持ちが混ぜこぜになって腰骨を余計に痺れさせる。桓騎の指摘は全くをもって尤もだけど。
「良いわけッ、んっ! はぁ……、ねェしっ、くそっ……ッ、」
この言い訳してる間も桓騎の腰は止まるはずも無く、押しては戻すを繰り返される。その度に吐息は漏れるし、突き上げられて鼻に掛かった声が上がるし、良いようにされてるとしか思えない。それでも行為は桓騎が満足するまで続けられるわけで、ここではいそうです、と認めてしまったらもう戻れないような気がしてあと少しだけ残ってる男としての矜持を振り絞って、打ち消しを求める。
「ま、どーでも、いい」
桓騎でも息を詰めるんだ、と言われながら消えそうになる思考を必死に類い寄せながら、その感想への感想をぼんやりと考えた。普段涼しい顔をして、何事もやってのける桓騎は、顔に何でも出やすい俺とは全く違い冷静沈着でいつも余裕そうに腰を据えて思案してる。でも、さすがにこうやって行為に及んでる時は、桓騎でも感じるし、唾を飲んだりするんだと人間味を感じられて、案外そういうところは嫌いじゃなかった。そもそも自分ばかりが追い詰められているのも癪だし、意地悪とばかりに後孔を意識的に締め付けてやると、今度は仕返しと言わんばかりに欲望に追い立てられて、中に印を跡を残さんばかりに一心不乱に腰を打ち付けられる。さすがに余裕がなくなってきて、視界がぼやけて考えもまとまらなくなってくる。限界はすぐそこだ。
「っ、……ッあ、! も、……んんッ! やだ、って、……ぁっ、出そ、あぅ……ッ」
「出るじゃねぇって、いつも、言ってんだろ」
中の締め付けがきつくなってきたのか、桓騎の言葉に余裕をあまり感じられなくなってきた。じっとりと湿ってる肌を何度も何度も奥をえぐってきっと達する手前なのだろう。いい気味だ。
しかし、出すで間違ってない。そう悪態をつきたくなった。事実、射精なんだから出すであってるし、達することをイくというのがどうしても恥ずかしい。でも、きっと桓騎はその方がより興奮するんだろうなって思う。何回も訂正してくるし。絶対言わないけど。
あ、と思った瞬間目の前がカチカチと明滅し、高みへと昇っていく。
「あっ――、んッッ――!!」
声にならない声で、てっぺんへと達した。先走りでドロドロになった俺の自身は白い欲を勢いよく布へと吐き出す。何回か分けられそれは出されて、最後はとろとろと涙するかのように終わりを迎えた。射精してすぐに倦怠感が来る。空気をたくさん欲して肩で息をしたが、全然足りない。
「はっ、」
ほぼ同時に桓騎も息を吐きながら一層奥へと俺の中に欲を塗りたくった。さすがに射精してすぐ動くのは辛いらしく、浅い呼吸とともに動くのをやめていた。乗り上げられていた股は桓騎からどかされ、持ち上げられていた足はその退かされた足ともそろえられるように下ろされる。つまり横で寝てる状態みたいになりながら、孔にはしっかり桓騎のものが未だに入っているということになる。抜かれないそれは未だに硬さを残しているらしく、内壁に埋め込まれたままだった。
桓騎の自身が引き抜かれそうになり、再び奥まで入ってくる。まあ、大方予想はしていたが2回目の始まりだった。俺の身体はだるいし、指一本動かしたくなかったけど、こうなってしまうともう快感を拾いに行くしか無くなる。俺の肉棒は既に萎えかけているのに、中が充血しているのが分かり、何回も穿たれて既に腰から背中、そして脳へと快楽が集まり始めてる。ん、と鼻に掛かった声が出始めて、どうして身体っていうのはどうにも素直なんだろう。
「んっ、……ッ、あっ、出たッ……、ばっか、! んんっ、だから、……っそれ、ほんと、やめっ」
「知らねェ、よっ」
桓騎の精液でぐじゅぐじゅと水音が盛大に響く。そんな音がしちゃいけないところからしてくる音が余計羞恥を煽ってくる。既にシワなってる布をぎゅっと引き寄せて、その先を歯で噛みなんとか我慢しようとした。布は麻でも上質な麻が使われていて、肌触りがいい。結構気に入っていて、最中でもよく触ってしまう。
じゅう、と布を吸い上げるようにじゅうと唾液を含ませる。まるで子供の指しゃぶりみたいな形になってしまう。よく最中に桓騎が口の中に指を突っ込んでくるが、それが欲しいってことなのか。まさかそんな。
「はっ、中締まってんぞ、下僕」
「るせェ、……って、ッあ!」
指のことを考えて内壁がきゅうとキツくなったことを指摘されてかっと耳が熱くなった。違う、断じて違う。勝手に反応したのであって、自分が締め付けたんじゃ無い。そう心中で言い訳してる内に、桓騎は俺の奥底を連続でぶつけて、そろそろ2回目の絶頂を目指し始めてる。力なく萎んでいた息子も徐々に硬くなってきて、準備をしはじめている。多分そんなにでないと思うけど、この中の刺激だけで甘く痺れてしまうのはもうきっと諦めの境地かもしれない。
ぎりぎりまで引き抜かれ、最奥をこじ開けられる。それが徐々に早くなり、何も考えられなくなってくる。
「っ、!」
2回目が吐き出され、俺の意識を白く汚していく。俺も声は出さなかったが、絶頂はした。薄くなった精液がまた布に染みを作る。これ、洗濯するの誰なんだろうと全然関係ないことを思ってみたりしたが、さすがに疲れてくる。
桓騎は1回目よりも余裕がありそうで、すぐさま律動を開始した。どこにそんな体力があるんだろうか、と聞きたくなったが半分薄れゆく意識の中でただただ快感を追うだけの玩具になっているのはきっと気のせいじゃない。
今日出会ったあの娼婦もこうやって抱かれたんだろうか。底なしの性欲に女も負けるんだろうか。そんなことを掠めながら獣が唸るような声が聞こえたような気がした。

「で? 何考えてた」
「……聞くのかよ、それ」
内から性器が引き抜かれて白く泡だった体液が糸になってつながれ、滴になって垂れていくのが視界に入った。欲の残滓に目を背けながら、俺が最初に考えていたことをまさかこの折に聞かれるとは露にも思っていなかった。わざわざ答える義理もないし、俺が来るまで抱いていたんだから、桓騎なら検討がついていそうな気がする。わざと聞こうとしてるような気がして、桓騎の性格はなかなか良いんではないか。これはもちろん嫌み。
脱力していた身体をむち打ってのそり、と起き上がり後孔の始末をする。水差しから少しだけ水をもらい、麻布で入り口を丁寧に拭く。周辺の皮膚が薄く、ひりひりと痛みを伴っていて少し水が滲みる。本当なら中の処理もしたいが、気だるさの方が打ち勝ってしまったので処理を早々に終えて、隅に寄せてあった肌かけを引き寄せて頭から被り、桓騎に背を向けた。
寝床の縁に足をおろし、自室へと戻ろうとしている桓騎の後ろ姿をちらり、と盗み見る。ここで引き留めたところでどうかなるのだろうか。興味はあった。でも言いたくない気持ちもある。口に出してしまっていいものだろうか。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ思い悩んだがほんの少しだけ勇気を出して、桓騎に向けていた背を仰向けになり、腕を伸ばして桓騎の着ている寝床に投げ出されている衣服の裾を掴んだ。
「――なぁ、」
顔は天井に向けたまま、声を掛けてみた。桓騎がこちらを見た気配はしたが、俺は顔を向けずそのまま服を少し強く握る。上質な絹の柔らかい感触と複雑な模様を施された服に皺が出来そうだった。離せ、とかしわになるからやめろって言われるかと思ったが、桓騎は言葉を投げかけてこなかった。言ってもいいだろうか。俺じゃなくてもいいんじゃないかって。喋らないからこそ、気になった。もうあと一歩踏み出すことが出来たなら。
言葉が喉の奥につっかえて出てこない。もう少しで出てきそうなのに、何を恐れているのか分からなくて出せなかった。こんな関係、やめたらいいのに。そう頭で叫んでいるのに、何故かやめようとしないのは自分でも分からなかった。
「やっぱ、……んでも、ねェ」
指の力を抜き、ずるずると力なく寝床に腕が落ちる。桓騎が鼻だけで笑った気配がしたが、実際に笑ったかどうかは分からない。嘲りだろうか。それもよく分からなかった。
睡魔が俺を襲う。明日は日が昇る前にここを出る予定だけど、どうなるか分からない。瞼が自然と重みを感じて勝手に閉じてくる。一寸先の闇に身を放棄し、眠りへとついた。
この関係に名前をつけるならば、それはなんだろう。