右丞相の日課は忙しい。
毎日客に会い、下の官吏からは様々な事を尋ねられ山のような書簡を処理し、それに加え書庫の整理や雑務が途切れも無くやってくる。さらに軍の総司令、軍師育成の教鞭を執っているともなれば他の者と比べ仕事量が二倍、三倍になっていた。
 昌平君はその細く整えられた眉根にきつく皺を寄せて、日々の業務に頭を抱えながら忙しなく城内を歩き回っていた。今日の山さえ片付ければ暫くは落ち着ける。木簡を抱えている官吏を引き連れ、渡り廊下を歩く。階層の高いこの渡り廊下は咸陽の町並みを一望でき、視線を景色へ向けるとまだ日は高く、雲が所々有るぐらいで晴天そのものだ。
 こんな日は軍議ではなく、介億や教え子の蒙毅、そして河了貂たちと熱弁を振るいながら作を考えたいものだ、と思ったがそんな余裕はとてもではないが、無い。胸中でため息をつき顔を戻すと、目の前から勢いよく駆けてくる人物がいた。
「居た! 昌平君!」
「……」
 咸陽に療養のためにいると聞かされていた恋人――信が目の前から飛び込んできてくれた。まるで夢のような事が起こっていいのだろうか。もしかしたらこれは余りにも疲弊しすぎている自分にとって都合の良い夢なのかもしれない、と昌平君は思い己の手の甲を抓ってみる。痛みは感じるので、夢ではないらしい。瞠目しかけた眼は目尻に力を入れ、努めて平常心で駆け寄ってきた恋人に昌平君は冷静に話しかけた。
「療養していたと聞いていたが」
「ああ、政お抱えの医者が治療してくれたんだけどよ」
 その太陽と瓜二つのような笑みをこちらに向けられ、腕を伸ばしそうになるがぐっと堪える。先の氾濫の件で深手を負っていた恋仲の相手は、咸陽に暫く留まっている事は耳にしており自分が会いに行きたくても雑務でそれどころでは無く、顔も見ずにまた戦場へと赴くのかと職務をこなしながら考えていたが、わざわざ探すような素振りを見せ、そして嬉しそうに来てくれるなど。はあ、と大げさに感嘆のため息をついてしまう。
 そんなため息に疲労も併せて乗せてしまっていたのか、信の意志の強い眉が若干下がり、自分を心配するような色が目の奥に浮かんでいる。そんなつもりは全くなく、むしろこちらが心配をしている側なのにどこまで自分では無く他人を気遣う彼に、再び腕を伸ばしそうになった。
「昌平君? 大丈夫か?」
「嗚呼。それで、どうかしたのか」
「えーっと。ちょっとここでは言い辛ェから……その、あんたの仕事が終わってからで、……構わねェから」
「……分かった」
 後ろに控えている官吏たちの顔を確認し、彼らしくなく少し顔を俯けながら自分にしか聞こえない控えめな声で、後で話があると伝えられる。たった少しの言葉なのに、何を勿体ぶっているのかは分かりかねたが、早く執務を終わらせる口実がこれで出来た。じゃあまた後で、と伝えて彼は襤褸服を翻して自分の横をすれ違い、渡り廊下を走って何処かへ行ってしまう。療養と言うことは忘れているのだろうか。そんなに急ぐと傷に障ると去り際に伝える事も出来ず、去ってしまった。後ろに控えていた官吏に行くぞ、とだけ伝え執務を行う室へと向かった。
 室へ着くなり、うずたかく積み上がっていた木簡を開きながら目を通し、文官へ渡し封泥を作製したり、別の者へと預けたりと腕と視線を酷使し、昌平君は雑務をこなしていった。
 彼が自分を頼ってきてくれたのだ。この上なく嬉しさに満ちあふれている。顔が見られただけでも胸をなで下ろしたというのに、あまつさえ声を掛けてきてくれたのだ。終わらせない訳にはいかなかった。
 溜まりに溜まっていた雑務、そして今日までに終わらせなければいけない仕事、明日の指示を官吏に伝え終わったのは夕刻、西日が執務室の透かし窓から差し込み、目を細めその赤く染まる空を眺める。髪が振り乱れてしまい、ところどころ毛束が乱れている事に気がつく。一心不乱に執務に打ち込んだ結果だが、これから彼との逢瀬を心ゆくまで楽しめると思えばなんてことはない。執務で使っている木製の机の側で終始膝をついて待機していた使いがこちらの折を見計らい、櫛で髪を解かされる。直ぐに終わり、礼を一言告げ昌平君は室を後にした。
 勿論、行く先は書庫で、執務が終わったとは言え片付けを行わなければならない。官吏の者たちに手伝いましょうか、と声を掛けられたが断りを入れ両腕で持てるだけの木簡を持ち、書庫へと運んで行く。
 室と書庫は便宜上さほど遠い距離ではないので、直ぐに辿りついた視線の先に彼が廊下の手すりに腰をかけ、片足を膝に乗せながら広い城内の屋根を見下ろしていた。瓦の上から夕日が差し込み、逆行で彼の顔を見えなくさせている。その目映さに片目を瞑ると、彼が昌平君の気配に気がついたようで、よっと片手を軽く上げ声を掛けながら立ち上がって挨拶をしてきた。
「待ち伏せか?」
「文官の奴に聞いたら、あんたがここに来るって言ってたからよ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだぞ? ……待ってた」
 どの位待たせていたのか分からないが、彼はあくまでもほんの少し、ということを強調して自分を待っていた、と言う。恐らくかなりの間を待っていたのだろう。遅くなってしまった申し訳なさと、それと同時に辛抱強く待ってくれていたこのいじらしい恋人を今すぐにでも抱きしめたくなる。その衝動も本日三度目だが腕を伸ばすことをじっと耐え、両手が塞がっているため彼に頼み書庫の扉を開いてもらう。
 先に入り、信が遅れてひっそりと入ってきた。普段自分が入ることがあまりない書庫なのだろう。物珍しさにきょろきょろと眺めている恋人の首を動かす度に彼の細い毛束が襟元を掠める音が何度もする。
虫や塵が入るから、と鍵を閉めさせることも忘れない。信はそっか、と慌てて素直に鍵を閉める。これで暫くは誰も入ってこないだろう。備え付けの机の近くにあった燭台に火を点す。視界が少しだけ明るくなり足下は分からずとも手元ははっきりと見えた。
「俺も手伝うか?」
「いや、その必要は無い。待っていろ」
 この書庫はあくまでも簡易的な調べ物をするため程度の広さしか無いため、信の声がよく聞こえる。棚がいくつかしか備え付けられておらず、簡易的な木製の机と燭台しかない簡素な場所だった。男二人が棚の間を通ると肩が触れ合ってしまい、片すどころでは無いため信には特に手伝いを頼まず、昌平君は使用順に黙々と並べていく。
手元にあと数冊まできたところで、一人で手持ち無沙汰な信に声をかけた。
「待ち伏せまでして、顔合わせをしたかったのか」
 自分は顔を見たかった、と正直に伝えても良かったが彼の言葉がどう出てくるほうが気になり、詰問のような口調になってしまう。責めたい訳ではなかったが、自分一人を待ったところで、彼は他の者にも慕われており声も掛けられるだろう。もしかしたら書庫に着く際に居られない事だって十二分にあり得た。だからこそ、昌平君は彼の言葉を直接聞きたかった。
「そっ、それも……ねェ訳じゃ無ェけど、そうじゃなくてよ。相談があってさ」
「……相談?」
 信から相談を持ちかけてくるなど珍しい。珍しい、というよりこういった間柄になってから初めて持ちかけられたと昌平君は思った。悩みなどほとんど持っていないと思っていたのだが、思いの外そうでは無いらしい。最後の木簡を棚にいれ、軽く腰を掛けながら自分の終いを待っている信の所まで行き目の前に立ち、腕組みをしながら信を見やる。
 頭一つ分違う彼のつむじを見下ろすと、生えそろった黒い髪が目に入る。将に昇進した為なのか、ここ最近の懐事情が良いのかは分からないが出会った時より髪が艶やかになっていることを観察するのが密かな楽しみになっていた。
「そー、相談。あのな、ずっと悩んでることがあってよ。政の医者も女ばっかで聞きづらくって。でもあんたが居るなって思い出してさ」
 伏せていた視線を上げ、顔を上げ自分と視線を交わしてくる信の目が細められ、満面の笑みを投げかけられた。
 自分と恋仲だと全く思っていない節があるこの恋人のそういった着飾らないところは確かに可愛いものがあるが、もう少しで自覚して欲しくもある。昌平君は眼光を鋭くし、本題を尋ねた。
「して、その内容は?」
「えーっと、引かないで聞いてくれるか?」
「引く?」
 引くとは一体。昌平君の胸中に疑問が浮かび、そのまま口に出しながら眉間に皺を寄せてしまう。意図が分からないまま信に手招きされ、少し身長が低い彼に合わせて膝を曲げ信の薄く柔らかそうな唇に寄せると、ひっそりと耳打ちされた。
「その、出すときに子種が、出んだろ? その後な、また出てきて」
 彼の普段の溌剌とした声音とは打って変わって消え入りそうな、それでいて含羞を乗せた言葉に昌平君は一瞬にして脳天が真っ白になった。自分から視線は外され、心とも無さそうに床に落としている。どう答えが返ってくるか分からず、不安げな面持ちとも取れたが、昌平君は言葉に出来ない気持ちをどうしていいから持て余した。
 猥談とはほど遠い位置にいる恋人が、顔を薄らと赤くしながら恋仲の者にしか打ち明けるしかないような事を普段の彼と想像が出来るだろうか。帝に感謝するほか無い。
「昌平君? 聞いてんのか?」
「……聞いている」
 直ぐさま意識を戻して信の問いかけに答えた。勿論聞いている。聞いているからこそ、意識がここになかったと言える。既に緩んでいそうな表情をもう一度しっかりと引き締め、耳に寄せていた顔を改めて信へとむき直す。先ほどの恥じらいとは違い、今度は困惑と不安が折り重なった表情を浮かべながらおずおずと言葉を紡ぎながら異なった表情を既に見せていた。
「で、すげー気持ち悪くてさ、どうしていいか分かんなくて、……困ってる」
 これが本題だろう。つまり一人で慰めたときや、自分と交接を行った時に出した後に更に出てきてしまい困り果てている、と言ったところだろうか。
 昌平君はそういったことに迷ったことは無いが、信の心証としてはほとほと参っているのだろう。確かに下着を汚すのは、自分であっても気持ちが悪い。それは同意であるが、この恋人にどう自覚させたらいいか、昌平君は幾ばくか思案を巡らせた。
「よく相談してくれた。信」
「……引かねェのかよ」
 まずは謝辞を述べ、信の表情を見る。少し口をとがらせ、自分が何を思っているのか口に出さないのが不安だったのだろう。力強い黒い瞳がほんの僅かに寂しげな色も浮かんでいる気がした。
「引くわけないであろう。思い人が困っているのだから、力になってやりたいと思うのは可笑しいか?」
「おもっ……」
 昌平君が思い人、と言うとその言葉に反応し、薄暗い書庫でも分かるぐらい身体を硬直させ顔を赤面させる。恋仲になってから数回は身体を重ねているのにも関わらず、相変わらず彼は無自覚であったようで今更ながら自分たちの関係を心中で再確認しているようだった。
「お前だって私を頼りにしてきたと言うことは、そういう事ではないのか」
「そっ……そーだよ。悪ぃか」
 目線を僅かに下げ彼と視線が絡み合うように見やると噛みつくように鋭い光が彼の瞳に映っている。いつもの気丈を取り戻し、まるで喧嘩を売るような物言いに思わず笑いが漏れてしまった。
「いや。寧ろ気分が良い」
 この恋人が頼ってきてくれた、その事実だけで心が染みる。昌平君は本日信に会ってからずっと我慢し続けていた欲を解放し、腕をそろりと伸ばし信の脇へと手を差し入れ、背を優しく抱きしめた。
 自分が一歩近づき、彼の髪へと鼻先を埋める。気恥ずかしいのかもぞもぞと身体を動かし自分が閉じ込めている腕から逃れようとしたが、腕に少し力を込め逃さないようにしてやると観念したのか動くのをやめ、受け入れようとする努力が見て取れる。
「渡り廊下で会った時から、こうしたかった」
「……ん」
 気持ちを告げると、腕の中の彼は小さく頷き遠慮がちに腕を伸ばし、自分の背の被服を皺にならないように気遣っているのか優しく掴まれた。もっと熱い抱擁でも構わないのに、普段の彼からは想像出来ないほど控えめな柔和な主張だった。
 顔を上げ、腕の力を僅かに弱め改めて彼の顔をじっくりと眺める。なんと可愛らしい恋人なのだろうか。誰にも言わず、自分だけに耳打ちするそのしおらしい態度。この姿を他の者に見せなくて良かったと、昌平君は心の底から安堵した。
 ただでさえ男共に人気があり、女でも数人ほど気がある態度を取られていることを彼は全く知らない。それを掠め取る形で自分が独り占めしているのだと思うと、顔が僅かに緩んでしまうのが分かる。
「信……」
「えっ、ちょ、待ってって」
 恋人の唇へと口付けを落とそうと僅かに身を屈め、顔を近づけると信が拒絶するかのように腕を伸ばしぐいぐいと胸へ手を伸ばして押し当てた。この態度に昌平君は思わず顔を顰め、眉根を思い切り寄せながら無理矢理にでも顔をすり寄せる。信が擽ったそうに目を細めたものの、そして雰囲気に呑まれたくないのか慌てて自分と向き直った。
「相談しただろ。あれ、どうしたらいいんだよ」
 瞬きを数回行い、改めて彼の顔を見る。昌平君に見られて嬉しそうな、照れくさそうな、それでいて困惑しているような複雑な表情を見せる信に、ああと脳内の片隅に押しやっていた相談事を思い出す。彼自身に夢中になってしまい、相談の事をすっかり忘れていた。
 相談事自体は既に解決策まで導き出していた。が、それをどうこの恋人に自分が改めて恋仲だと思い知らすことの方が昌平君は重要だった。ふむ、と彼を腕に閉じ込めながらほんの僅かに思案し、有ることを思いつく。
「……いいだろう。実践すれば何か分かるかもしれぬ」
「じ、……実践?! ここでかよ?! いや、でもここ、しょ」
 一度拒絶されているのだ。もう塞いでしまっても構わないだろう。昌平君の形の良い唇が、信の唇に重ねられる。信の薄い唇に何度も吸いついては離れ、吸いついては離れを繰り返す。少し荒れている口唇に次は香油を施してやろうと思いながら、今度はひっそりと舌先を出す。下唇を優しく舐め、下の口唇腺をなぞるように左右に動かしてやると、閉じていた口裂が小さく開き、舌先を招き入れようとしてくれていた。
「んッ……! んぅ、ふっ……んんっ……!」
 鼻で上手く息が出来ないらしく、時々苦しそうなくぐもった声音が漏れるが意に介さず進めていく。薄く開かれた唇に、ここぞとばかりに舌を忍ばせ、生え整った歯列をなぞり舐め上げる。そして、歯の間を舌先で割って入りついにそれを捉える。
「んぅ、ッ! んんっ、んむッ……!」
 信の舌を捉え、蛞蝓のように舌を這わせながら逃げる舌を追いかける。余計に苦しくなるのにも関わらず、相変わらず素直に従おうとしない。そういった性格が好きになった理由の一つでもあるが、今は大人しくさせるべく自分の舌でざらりとした表面を撫で上げる。それから舌の脇を丁寧に象り、時折舌先で信の舌先を弄ぶ。顔の角度を何度も変え深く、更に深くまで浸食するように昌平君は舌同士を交わらせそれ自体が交情のように思わせる口付けを行った。
 多少の唾液を無理矢理ながらも信の咥内へ流し込み、嚥下した音を確認して漸く唇を離す。お互いの口唇の周りが唾液でべっとりと濡れ、離れる際に銀糸となって糸を引き合う。
 昌平君が熱を孕んだ瞳で信を見ると、伏し目がちの目がゆっくりと上目になりその双眸の奥によく見知った欲望への渇望が灯っている。
 信と恋仲になって、互いに忙しい日々を送っている。その間の逢瀬で何度か交接をしている間に彼がこうやって熱を昂ぶることで欲するように仕向けたのは、紛れもなくこの自分だ。
 信の眼に昌平君が更に感化され、もう一度唇を重ね合わせる。今度は上唇を甘く食み、懇切丁寧に優しく、それでいて舌を再びゆっくりと差し入れて信の舌をこの上なく丁重になぞり上げる。形を確認し、名残惜しみながら唇を離した。間髪を入れず口角に口付けを落とし、頬、耳の裏へと優しく雨のように降り注いでやる。
「くすぐってェ、って」
 ふふ、と擽ったさにどこか甘やかな色がのる。元気な彼の普段の声とは違った、これから行われる事柄に対して期待をしているような声音は、昌平君の熱を昂ぶらせるのには十分過ぎた。
 手を這わせ、腰紐を解き襟から肌を滑らす。戦場へ出ている所為か時折切り傷の後が指先からでも伝わってくる。自分は戦場に赴くことが殆ど無い。前線へ出る、この恋人に任せることしか出来ない昌平君は歯がゆい思いでいつも咸陽から伝令の急報を聞くばかりで、信の身体に触れる度無事を願う事しか出来ず、優しく皮膚を撫で上げた。
 耳裏から下顎へ、それから首筋へと徐々に頭部を下ろす。信の手が後頭部に添えられ、時々こそばゆいのか身を捩って逃げようとするが、服を脱がしていない腕で腰をがっちりと抱き留めながら行っていく。
脇腹を手の平で摩り、それから胸へと到着する。まだ芯を持っていない乳頭に親指の腹がほんの僅かに触れると、信の腰が大げさなほど跳ね上がる。顔をみるとその動作に含羞したのか頬が紅潮し顔を横に逸らしていた。
「ッ……恥ずかしいから、見んなって」
 これ以上の情事を行っているのにも関わらず、相変わらず羞恥は消えないらしい。ふ、と口角をあげ掌で快感を待ち望んでいる突起に触れる。柔らかく色素が薄く、円を描くようになぞると次第に硬度が増し、幹が出来てくる。親指の腹で中指の爪を押さえ勢いよく乳頭を弾くと自分の耳元から一際大きな声が漏れ出した。
「あッ……!」
 それを気に今度は親指と中指の腹で摘まみ上下してやる。鼻に掛かったくぐもった声音が昌平君の耳朶を打ち、下半身に熱が集まるのがありありと分かる。逸る気持ちを抑え、摘まんでいた突起に今度は人差し指の爪先で突起の先を何度も何度も引っ掻いてやる。腰が揺れ、内腿を擦り合わせて快感をやり過ごそうと動いているが、直接的な刺激はまだ与えてやらない。
「んっ、しょうへ、っ、くん」
「なんだ」
「焦らすなってのっ……!」
 掴まれていた頭部の髪をくしゃりと握りこまれ、先の快楽を欲している信に昌平君は思わず苦笑が漏れた。鎖骨に口付けを落として乳首を愛撫していた手を一度止め、顔を上げる。瞳は熱を孕んで涙の膜が張っている。切なげに眉を寄せ、その先を欲する姿に征服欲を刺激され昌平君は首を伸ばし、信の下唇を軽く食んだ。
 それから直ぐに口唇を離し、辛うじて纏わり付いていた信の襤褸服を途中まで脱がす。肩まで露わにし、襟を大きく広げ胸を露わにした。室が薄暗いとはいえ、まじまじと見られるのは恥ずかしいらしく、後頭部に添えていた片手を外して自分の顔へと持っていき信は表情を隠した。
 胸へと顔面をずらし、弄っていた乳頭へ口元を寄せる。乳輪へ口付けを数回落としそれから唇で突起を含んだ。ちゅ、と音を立てながらまずは歯を立てないよう口唇だけで甘く責め立てる。
 突起を含まれ動転した信が脚を大きく後ろに引こうとし簡易に備え付けられている机ががたり、と大きく揺れ動いた。
「ぅあ、」
 次は優しく、傷を付けないよう歯先で柔く甘噛みをしてやる。途端、信の背が折れ掴んでいる髪を握りしめられた。望んでいるものがようやく来たらしい。腰を抱いていた腕をようやく弛め、衿先を払い下履きに手をかける。既に勃起し痛いぐらいに形を表しているそれを横目に、下へと引きずり下ろした。
「しょ、へ、」
 歯で乳頭への刺激を忘れず、下着ごしから信の陰茎を柔らかく握りしめる。既に先走りでべっとりと染みを作り、麻布を張り付かせ握りこんでいる手の平に押し当てるように腰を軽く前後に揺らしている。身体は余りにも素直で、早く内へと潜り込み暴いてやりたかったが昌平君は本来の目的を無論忘れてはいなかった。
 歯先で甘噛みしていた乳首を最後は舌先で甘やかしてやる。先ほどとは別の、自分の体温とぬるりとする感触がまた格別なのか、信が一際大きな声を出す。
「あっ、それ、ッ、舌、ぁっ……!」
 もっとして欲しいと強請るように腰は押しつけているのに、言葉は未だ欲しているものへと素直になりきれないらしい。乳頭から唇を離し、顔を再び信へ向ける。顔を隠していた腕は机上へと落ち机の縁を強く握りこんで、耐え凌いでいるらしい。
 その様子に思わず笑みがこぼれ落ち、口端へ小さく口付けをしてやった。
「良い、なら良いと言え」
「言えっか、んなこと!」
「そうも言ってられぬようにしてやる」
 視線を改めて合わせ、信の短いまつげが何回か瞬かれる。自分の思惑をまるで分かっていないらしい彼は困惑の表情を浮かべ後頭部にかけられていた手を離して、今度は昌平君の肩へと手をかける。下半身へ下りていく様子を大人しく、そして不安げに眺めているだけのようだった。
「なに、すんだよ」
 その場にしゃがむような形で昌平君は膝を折り、信の先走りで張り付いた下着が眼前に広がっている。太腿には下履きが纏わりついており、思うように脚が動かなくなっているはず。物事が自分の計画通りに進んでいることを昌平君は確かめ、それからずっと麻布の上から緩く触り続けていた手の平を離し、腰の後ろに手を回して結ばれている下着の紐を外した。
 腰の紐は心なさげにはらりと落ち、前を隠して張り付いている麻布はそのままで昌平君は端を摘まみ、床へと落とす。
 信が露わにさせられた陰茎を隠そうと掴んでいた机の縁から慌てて手を離そうとしたが、既に昌平君の掌が幹を掴んでおり叶わなかったようで、昌平君が離し損ねた腕を横目で見ると我慢で力を込めながら耐え忍んでいる信の前腕が入ってくる。
「実践するのだろう?」
「……って、あんたが言ってたな」
「見ていろ」
 それだけ言うと肉茎を掴んでいた手を離し、かがんでいた昌平君は口を大きく開いて信の自身を咥内に招き入れた。自分の舌に亀頭が乗り、更に奥へと迎える。鈴口からとろとろと先走りをこぼし、舌先で刺激すると面白いぐらいに信の身体が跳ねる。
「っあ……?! 口、離せってっ……!!」
 肩口の羽織っている深衣の上掛けをぎゅっと握りしめ、突起を舐めていた時とは比べものにならない舌の滑りを直撃されたらしい。腰を引こうとするが昌平君が透かさず腰へ手を回し抱き留めた。
「ッ……はっ……」
「やだって、っ、それ、すぐ出ちまうって、……!」
 珍しく汗と体液の据えた匂いがつかない。妙に思ったがそのまま口淫を続けていく。雁首の溝に円を描くように舐め、それから硬く張り詰めた幹へ舌を滑らせる。陰茎を握りこんでいた陰嚢を揉んでやり会陰に手を滑らせると期待に耐えきれなかった蜜が尻穴まで到達していた。先走りを指でかき集め、纏わり付けながらゆっくり指先を差し込むと抵抗を見せず、肉環は指を待ち構えていたかのように迎え入られた。
「ッ!! しょ、へ、くんてば……!」
 握りしめられていた被服を離し、髪に指を差し入れられ髪ごと握りこまれる。わざと音を立てるように濡れた卑猥な水音を立てながら頭を前後させ上唇と下唇で扱き上げていく。
 それと同時に熱くなっている内壁を解していくが、前回より柔らかくなっているのは気のせいだろうか。誘うように蠢き肉壁を辿りながら奥へと向かう。指の腹で最奥を掠め、そして引き戻す。小さな膨らみを時々中指の腹で擦り上げると呼応するように含んでいる肉竿の先がびくりと震え、舌の上へとろりと蜜をこぼした。
「も、でちまうって、口離せ、ほんと、駄目だってっ……ッッ……!!」
 信の拒否は聞く耳を持たず、昌平君は容赦無く責め立てる。喉奥まで深くくわえ込み締め上げてやると声も無く、熱い迸りがびゅくびゅくと咥内へと遠慮無く吐き出された。青臭い精の匂いが鼻につきながらも1回目の張り付くような粘りが消化器官へと堕ちていく様子を信にわざわざと見せつけるように喉仏を大きく上下させながら嚥下する。
「……出してなかったのか」
「っ……! 悪いかよ……!」
「いや? 期待していたかと思うとたまらないものがある」
 事実を述べたまでだった。自分の為に慰める事を我慢し、今日までずっと溜め込んでいた。その健気さが昌平君の胸を打つ。己の唾液で汚れた口周りを手の甲で拭い、後穴を弄っていた指を肉環が寂しそうに指を離さまいと小さく収縮していたが、腸壁から引き抜く。
 射精の余韻で腰が小さく震え、俯けた信の顔を昌平君はのぞき込む。伏せていた信の視線が昌平君の眼とぶつかり、ふい、と顔自体を背けられてしまった。
「顔を見たくないのであろう。後ろを向いて手を付け」
「……ん」
 顔をそらしたまま小さく首を立てに首を振り、ゆっくりとした動きで机上へ手をつき腰を昌平君へ突き出す形となった。
 腰帯を解いて下履きを僅かにおろし、腰の後ろで結ばれている紐を弛めて下着をずらす。昌平君の自身を取り出し、信の内を解していた指を幹に絡ませ数回扱き上げその切っ先を今かと待ち構えている小さな窄まりに宛がい、ぐっと力を集中させる。
「んんッ!!」
「……ッ、流石にきつい、ッか」
 通例より比較的に緩かったとはいえ、指とは比べものにならない質量の違いに昌平君でも息を詰め、内壁を押し開いていく。甘やかすように纏わり付き、そして奥へと導かれていく。陰茎の根元までじりじりと埋め込み、それから入り口まで一気に引き戻す。中の滑りをよくするように幾度も丁寧に奥を貫いた。
「あっ、昌平、く」
 机上に押し当てていた腕を片方離し、信の腰を掴んでいる昌平君の腕へ手が添えられる。視線を上げると、視線を反らされた先ほどとは違い何かを訴えかけるような色が見える。返事を促すよう、昌平君は腰から手を離し重ねられていた手を取り、より深く結び合うよう信の背をしならせた。
「ッ、……何だ」
「言ってた、やつ、出てきてっ……んんっ」
「……っは、」
 何のことか一瞬分からなかったが、そもそも事に及んだのは自分が信を求めているからという体、ではなく信が相談を持ちかけてその実践を行うという下らない理由で始めてしまったことをほんの少しだけ後悔した。そうでなければ今頃これ以上酷くかき抱いている。
「あっ?! 深ェって、ぅあ、や、!」
 精を吐き出した影響で、硬度が若干無くなっていた信の陰茎の根元より僅かにとろりと出てきた白濁を、信の手を掴んでいる方ではない手を使い掌で受け止める。それを信の自身の切っ先に塗りたくり、先走りと共にぐちゃぐちゃと水音を立てながら扱き上げた。一層深く貫き、ぐりぐりと腸壁の奥まで暴くよう、腰を夢中になって振りたくる。
 途端、腕を掴んでいる信の手が強く握られ、夢中になり顔を見る余裕がなかった昌平君は顔を上げ、信を見ると、肩越しから顔を向けこちらをじっと見つめていた。
「……どうした」
「あっ、……んたの、顔、見てェって、思って」
 ふ、と息を吐き、腸内に埋め込んでいた肉竿を奥から引きずり出す。菊門が名残惜しそうにひくひくと陰茎を求め、その皺を親指の腹で愛おしみながら一つ一つなぞった。荒く息をしている信の肩を掴み反転させてやると、がたりと木製の机の脚が動いた。すっかり惚けた表情で、普段は気丈でつり上がっている目尻はすっかり垂れ下がっている。俯けていた顔を上げ、ようやく真正面から彼の視線を捉える事が出来た。
「……信」
「へへ、やっと顔見られたな」
 目を細め、表情を緩ませながら笑う信を見て、昌平君は心底愛しいと思う。信の精を飲み込んだ唇を信へ落としながら片方の膝裏を持ち上げ、自身に手を掛けて肛門に亀頭の先を宛がう。我慢しきれない雫を入り口に塗りたくり、会陰も昌平君の竿で擦り上げ焦らしてやると必然的に信の腰も揺れ動いた。先端を押し当て、肉を再び割って入りこじ開ける。一度暴かれているその柔らかく締め付ける腸壁に迎え入れられた。
「っあ……!」
「ッ、」
 膝裏を掴んでいる指に力を込め、奥まで侵入をさせる。根元まで到達から引いて、また深く埋め込んだ。腰を打ち付ける度、肉同士の破裂音が静かな書庫に響く。上部に光を取り込めるように作られている透かし窓から音が聞こえてしまうだろうが、この広い城内で誰かが通り過ぎても自分と、そして信が交接を行っているとは思わないだろう。すっかり日が暮れ、室に入ってくる光はほぼ無い。燭台の火が時折入ってくる風で、昌平君と信の影を揺らすだけだった。
「んん、ッ……あっ、昌平、君、っは、あ、そこ、」
「いやか?」
「んッ……」
「良いの、間違いだろう?」
 向かい合っていた顔を寄せ、快感を否定するのでは無く受け入れること促すよう耳に吐息と共にそっと誘導させる。それに共鳴するように信の顔が縦に何度も振られ、より気持ち良さを追い求め陰茎が埋め込まれている腸壁が快楽を貪る。
「あっ、……良いっ、から……! そこ、っあ、もっと、……ほし、あっ……!」
 亀頭が前立腺に掠めているようで、眉根を寄せ高みへと目指していく。腰の動きがより激しくなり、昌平君もそろそろ限界を迎える気配を感じていた。奥から熱が競り上がり、壁の最奥を自分の印で汚そうと冷静と矜持を殴り捨てて必死に腰を打ち付けた。信が肩口に顔を寄せ、被服を噛み、脇に差し込まれている腕に力をいれ限界を訴える。
「そろそろ、っ」
「俺も、また出そっ、」
「ああ、存分に気をやれ」
 昌平君が伝えると信が大きく身を震わせて肉環をきつく締め付け、昌平君の視界が白くなったかと思えば腰の奥で熱が爆ぜ、内壁をより一層深く貫き声にならない咆哮を出しながら、奥へ吐き出した。
「っ、――!」
 幾度も腰が打ち震え、精を吐き出し最奥を汚辱していく。激しい動悸を沈めながら信を見ると、身を強ばらせながら信がうわごとのように呟きながら、身を跳ねさせ頂きに達していた。
「っあ、あっ、……!! しょうへいく、あぅ、っ! 好き、好きっ――!!」

 室に荒い息が響く。抱きしめ合っていた信の腕を丁寧に解き、硬度が徐々になくなってきた肉竿を内壁から引き抜く。中に何もなくなり心細そうにしている窄まりがひくりと震え、しかし体位を変えた時ほど強くは締め付けてはこなかった。
 力が入らないらしい信の肢体の前に膝をつき、持ち合わせていた麻布で信の腹と排泄孔の周りを拭き上げる。乾いている麻布は簡単にしか処理出来ないので、後で引っ張ってでも湯浴みをさせようと昌平君は考えた。
「気をやるとき」
 未だ焦点が合わずぼんやりしている信が、突然正気に戻り目を剥きながら昌平君を見ている。ほぼ交接の内情を話さない昌平君は珍しく気になったことがあり、信に尋ねた。
「……そういう話するのな。意外」
「好きと言っていたが」
 好き、という言葉を信から聞いたことがなかった。もしかしたら恋仲になってから、一度も聞いていないかもしれない。こんな寝台でもないほこりの匂いがするような場所で抱かれ、好きになったとでも言うのだろうか。訝しむ目で信を見上げながら昌平君は信の表情を見やる。すると唇をとがらせながら、もごもごと言い訳をするように口を動かした。
「……だって、好きじゃなかったらこういうこと、……しねェだろ」
 我知らず、昌平君は言葉に詰まった。拭いていた手を止め彼の顔を見ると、一度視線がぶつかりそして続けて紡がれる。
「嫌だったら、蹴り上げて止めさせるし」
「それは、……そうだな」
「俺だって……あんたのこと、好きなんだぜ? だから、」
 昌平君は彼を静かに見つめていた。床に落とされていた視線がゆっくりと上がると再び力強い双眸は自分の目線と絡まり、今度は目尻が柔らかく細められた。ここでようやく昌平君は理解した。自分ばかりではなかったと。もっと彼を信頼してまるで手籠めにするような抱き方ではなく、ゆっくりとした歩調で進めば良かったと後悔した。先ほど抱いた事に対して詫びを入れようと唇を開こうとしたが、何かを思い出した信があ、と小さく声を上げる。
その声に昌平君の動きが止まり、信を見上げた。
「そーいえばこれどうすんだよ」
「……出した後に根元から絞り出すようにして拭け。出てこなくなる」
「なるほど、根元……」
 くたりと既に力なく垂れ下がっている男根を指さし、残滓が垂れてくるという話は未だに続いていたようで昌平君は大げさに肩を落とし、ため息をついた。色気も余韻もない恋人だがそこがまた愛おしい。口角を僅かに上げながら、目を細め助言をしてやると、信が顎に手をやり何かを考える仕草をする。
 内腿まで綺麗に拭き上げた。次は湯浴みの準備をするため、昌平君は立ち上がり信の腕を掴んで机から心許ない下肢を支えるようにして脇に腕をいれる。必然的に顔が近くなり、顔を合わせて一度瞬きをすると、思案していながらも信が自分が見ていることに気がついたようで破顔された。何を考えているかはさっぱりだが、今回の詫びもかねて耳へと甘言を吹き込んでやる。
「……なんなら、俺が舐め取ってやっても良いが?」
「……っ、遠慮する!」
 信が耳を押さえながら即答し、思わず吹き出してしまうぐらい昌平君は笑ってしまった。
 この穏やかな日々が少しでも長く続きますように、そして自分と少しでも近くに共にあってくれればと、昌平君は願ってやまない。



キングダム/昌平君×信