※無自覚もいいところの続き



ルーシィに、それは恋だと断言されてから3日たった。ナツはギルドの机にだらしなく両手を前にして一人うつ伏せになっていた。
次の日からずっと同じ格好をしており、ギルドのメンバーたちも最初の方は心配してナツに声をかけていたが、ナツが気のない返事やら気にするなと言うことでメンバーたちも次第に気にしなくなって行った。

(そもそも、なんで好きになったんだっけ)

ラクサスはマスターの孫であり、自分より恐らく年上で有ろう身持。ただ、7年前から好きかと言われれば違う。あの時は確かに実力の差をみせつけられ、そして破門されたラクサスを引き留めようとした。しかしそれは仲間だからであって、けして恋愛感情からくるような行動ではなかった。
ではなぜ今頃になって好きになったのだろうか。
ナツはひたすら考えた。戦闘の時は頭が冴えるのになぜこういうときは冴えてくれないのだろう。少し自分の頭脳を呪いたくなった。
あの後、いつ会っただろうか。思い出し、はっとする。出会いは突然だった。天狼島で、マスターハデスと戦った時だ。
あの時は鮮やかだった。マスターハデスには苦戦を強いられたが、あのラクサスの登場と戦いぶりには興奮を隠せなかった。そして何より。

(オレの前に立ってたんだよなぁ …)

昨日のように思い出される光景。
実際に自分たちは眠っていたので数ヶ月しか立っていない。

(あれから、かもなぁ)

ラクサスがギルドに戻ってきてから優しくなった気がする。前ほどとげがなく、皆と少しずつだが打ち解けてきているのも知っている。
その時ぐらいから、見下してはいるもののどことなく優しい言葉をかけてくるようになった。ちゃんと食え、とか、腹冷やすぞ、とか。自分ではよく食べてる方だと思っているし、たれ目の好敵手とは違い常に服を着ている。
それでも何気ない言葉に嬉しくなるのは事実で、素直になれず反抗的な態度をとってしまうのも確かだ。ちゃんと、ありがとうと言いたいのだけれど、気恥ずかしさが表立ってしまい、ついつい一言だけの返事になってしまう。そして、ラクサスの顔を見るのが恥ずかしいのだ。あの、男らしい顔立ちについ怖じ気づいてしまう。
と、いうことを洗いざらいジュビアに言うとそれは恋ですねナツさん、ジュビアがグレイ様を好きになったように、ナツさんはラクサスさんの事を好きになったんですよ、と言われてしまった事までを思い出した。そしてそれは本当なのかどうかをルーシィに聞こうとしたら、逆に断言されてしまったのだった。

(恋なんて、…)

したことがないわけではなかった。リサーナというか弱い少女にしていたような気もするが、それも遠い昔のことだ。同い年の女の子と言うのが珍しかったのかもしれない。
しかし今は恋と言う気持ちが分からない程幼くはない年になってしまった。ナツも一端の青年である。
しかしこの気持ちが恋だなんて。信じたくも信じられない。

「おいナツ」
「カナ?」

声のする方向へ顔だけを向けると、そこには樽を脇に抱えて立っているカナの姿が見えた。
カナはナツを見ず、顎だけで示す。

「ミラが呼んでる」

* * * * *

渋々、のろのろ行った先にミラジェーンは困った笑顔で待ち構えていた。自分が座ろうとしているカウンターの上には簡単な軽食と、ドリンクが置かれている。

「皆が心配してるけど、どうかしたの?」
「うー…ミラァ」

ナツはつい情けない声を出してしまいつつ、今の自分の悩みを解決したいがために、これまでのことを身振り手振りもあわせて洗いざらい話した。
ミラジェーンはただ、相槌やオウム返しに聞いてくるだけで余計な口を挟んで来なかった。こういうときにミラジェーンはとても頼もしい存在、と同時に幼かった頃のまま成人しなくてよかったなとも思う。
ナツはミラジェーンのようにギルドの男衆から慕われ、可憐でグラマラスであり、それでいていざという時はとても強い女性ならば良かった。ラクサスに行為を持ったとしても望みがいくらでもある。
しかし、性別の時点で終わってしまった。ラクサスと同じ同性で、男だ。物好きや、男色でない限り望みなどほぼ皆無ではないだろうか。

「そうかしら?」
「だってよ、もしミラがルーシィに告白されたら付き合うか?」
「うーん、私は良いけどエルフマンがなんて言うかな」

そうだ。強烈な姉妹思いの弟と、最近帰還したばかりの妹が彼女にいたことを思い出した。
ナツはぶー、と唇を突き出し頬袋を空気で膨らませてカウンターに顎を乗せる。参考にならない。

「ナツは、そのラクサスとどうしたいの?」
「どうって?」
「そうねぇ…例えば恋人になりたいとか」
「こ、恋人?!」

とっさに顔を上げて、思わずミラジェーンを注視する。ミラジェーンは嫌がりもせず、ニコニコと笑顔で答える。

「恋をするって、そうじゃない?」
「そう、うーん、そう…」

想像してみる。街で2人で歩いて、談笑しながらデートをし、ゆくゆくはつまり、肉体関係になるのだろうか。
ジュビアも真っ青になるぐらいの妄想力でミラジェーンに言われたことを想像してみるが、いまいちビジョンが浮かんでこない。キスしたり、抱きしめられたり。
はた、とここで気がつく。なぜ自分がいわばジュビアのような女役を想像しているのだろうか。逆にラクサスを自分がエスコートする姿を浮かべてみるがそれこそ本当に想像が働かない。浮かんだとしてもどうしてもちぐはぐな構造になってしまう気がした。

「思い浮かんだ?」
「よくわかんねぇけど多分…」
「私ね、ナツが思ってるほど、脈がない訳じゃないと思うわ」
「えっ、それって」

どういうことだ、と聞こうとした時にはすでにミラジェーンはマカオとワカバに呼ばれて行ってしまっていた。脈がないとはどういうことなのだろうか。気を持たせるようなことはしないでくれ、と言いたくなった。
ラクサスはどう思っているのだろうか。不意に、気になる。もし、ミラジェーンの言うことが正しければラクサスも自分の事を好いているのだと思う。しかし、あくまでもそれは仲間としての情ではないだろうか。でなければ、なんだいうのだろう。まさか、脈があるといって、自分を恋愛としての対象な訳が十中八九ないと言い切れる。
あのラクサスだ。自分の事など、ただのガキとしか思っていない。そう諦められたら楽だった。
ミラジェーンに相談して、それはない、といわれたらそうか、で引き下がったのに。
ミラの馬鹿やろう。ナツは眉をひそめて少し離れた所にいるマカオたちと談笑をしているミラジェーンを見ながら心の中で悪態をついた。

「ナツーどしたの?元気ないよ?」

反対から振り向くと、相棒のハッピーが椅子に座って魚をかじっている。いつも通りの光景に、ナツは少し安堵して、ハッピーの頭をなでた。
ハッピーが羨ましく思う。同じエクシードのメスを好きになり、その態度を臆することなく発揮出来ることに。

「ハッピーは、いいな」
「何がぁ?」
「何でもねー」

苦笑いをし、席を立とうとするとミラジェーンがハッピーに気がついたのか此方に戻ってくる。立ち上がる時に視線が合い、柔らかく微笑まれた。

「ハッピー、オレ、クエスト行ってくるから」
「あいっ!お土産は魚でよろしくっ」
「ナツ、もういいの?」

ミラジェーンがハッピー用のドリンクを作り終えるのと同時に話しかけられる。さっきの事を聞こうと思ったが、ハッピーもいるし諦めた。特に今ではなく、日を改めてまた聞き返せば良い。ナツはそう簡単に捉えることにした。クエストボードに以降と一歩を踏み出そうとそうとしたが、何かに腕を掴まれて押し戻された。右腕をみると、カウンターから伸ばされている、ミラジェーンのスラリとした細い腕がみえた。視線を上げると真面目な顔をしたミラジェーンが立っている。

「ミラ、」
「大丈夫。ナツなら絶対上手くいくわ。もしそうじゃなくても、私がサタンソウルでラクサスにめっ、するからねっ」
「何の話?」
「ナツの大事な話よ」

最後には笑顔だったが、途中の発言はギルドの危機的状況が含まれているのは敢えて突っ込まないことにした。ミラジェーンは手を離し、気をつけてね、と笑顔でナツを送り出す。
おう、と短く返事をしてその場から離れるとクエストボードにもたれかかっているラクサスが視線に入った。
ちょっと待って欲しい。先程のミラジェーンの言い方からすると自分はラクサスに告白しなければいけないのか。しなかったらギルド滅亡、ラクサスに断られてもギルド滅亡。
要するに引くに引けない状態を作ってしまった。あのミラジェーンに相談したのは他でもなく自分だ。
頭を抱え込みたくなったナツは、自分をこれほど呪う日はなかった。

ひとまずクエストに行き、それから考えよう。
ナツはギルドを守ることを最優先課題とした。これから起こる一大事に備えて。



答えは神のみぞ知る
そして答えは導くに続く