※確信犯は見守るの続き 完結



いつからナツが好きだったかなんて覚えてすらいない。いつの間にか好きになっていた、という方が近い気がする。最初はもちろん興味が無かった。弱くて、すぐ泣いて、それでもめげずにいつも勝負してくる、負けず嫌いのクソガキ。当時のオレは正直顔もみたくないぐらい嫌っていたのを覚えている。
いつしかナツは大きくなり、以前と変わらず勝負は挑んでくるが、それなりに強くなった。それでもオレには適わなかったが。
その後のオレは馴れ合いのぬるま湯のようなギルドに勝負をたたきつけ、そして負けた。それは自分の心、そしてナツの仲間を思う心に。
ギルドから破門を言い渡されたオレは暫くの間放浪していたが、決まって思い出すのはナツの顔だった。あいつのまっすぐな瞳はオレを射貫いて、その更に高みを目指す目つき。そのナツの真っ直ぐさに、恐らく惚れたのだと思う。あくまでも仮定でしかない。
そして、天狼島で起こったマスターハデスとの決戦。ナツが倒れているのを見て、激高した。もちろんギルドが大事であり、そのギルドのメンバーが壊滅に近い状態であれば元ギルドのオレも怒りを隠せない。しかし、それ以上にナツが倒れているのが許せなかった。
仮にも、このオレを倒した男が、だ。目の前で倒れている。そして、このオレが惚れたのだから。

『ラクサス、お帰り』

七年という時を経て、オレはギルドに復帰した。七年、と言っても自分たちは眠っていたので破門から復帰まで数ヶ月しかたっていない。
それでも、ギルドのメンバーたちは暖かく向かえてくれた。ナツももちろんそのうちの一人で、直接言いに来た時のはにかんだ笑顔で優しく復帰の言葉を掛けられたことに面食らったのを覚えている。成長途中の、少年。誰にでも人なつっこく、そして喧嘩っ早く優しい。そんなナツをオレは好きになっていた。
しかし最近はナツも勝負を仕掛けてくるにはくるが、どうも様子がおかしい。オレが何か言う度目を丸くして、顔を真っ赤にさせる。一度、バカでも風邪を引くのかと茶化してやったことがあったが、思い切り違うと否定されてしまった。
その後ぐらいから、ギルドの女共と良く喋っているのを見かけるようになった。ジュビア、ルーシィ、ミラジェーン。共通するような点は胸が大きい事ぐらいで、特に三人でつるんでいるということがない奴らに、やけに一緒にいるのが気になった。
そんなのは個人の事でオレが気にすることはないし、その理由を聞いたところで、今後女共と喋らないという訳でもない。至って日常風景だ。

(嫉妬だなんて、バカじゃねぇのか)

強引に勝負をこちらから持たせて気を引くことだっていくらでも出来る。しかし、それをしないのはアイツのここ最近の行動があったからだ。オレと会話という会話をしたがらず、何か一声かけても一言で終わってしまう。アイツらしくないのが気にくわない。

(別に、伝える気もねぇし)

もし、ナツがずっとこのままなら、このまま無理に関係改善をしようなどはなから思っていない。寡黙に見守っている方が性分に合っている。これからも、ずっと、恐らく。


* * * * *


「ラクサス?今帰ってきたのか?」

珍しいな、と言われた時間は22時を指していた。オレはクエストを終えてかえってきたのが今し方。これから報告をして帰ろうと思った矢先、まだギルドに残っていたナツに話しかけられた。
他のメンバーは既に散り散りになっており、掃除当番のナツしかいなかった。そもそもコイツが真面目に掃除している方が珍しい、とまじまじ見てしまう。

「な、なんだよ」
「…いや、何でもねぇ」

言ったら怒るであろうことを呑んで、人のいなくなったギルドを見渡す。普段うるさいぐらい賑わっているギルドとはほど遠く、静寂な大広間はオレと、ナツで二人きりだった。
中央の道しか電灯がついておらず、一週間前ナツと喋っていたミラジェーンがいるカウンターはひっそりと暗闇になっている。
オレとナツの距離は近くもなく、遠くもない。ナツはモップを動かしてオレの顔を見ていない。
お前は、いつまでそうしているつもりなんだ、ナツ。いつまで、オレと顔を合わせようとしない。

「な、なぁ、ラクサス」

ナツは急に改まって声を掛けてきた。うつむけていた顔を上げ、オレはナツを眼前にする。ナツは相変わらず動き続けて、顔はあげない。

「んだよ」
「あ、あのな、ラクサス」
「はっきり言え」
「うん、…あのな、ラクサス、オレな」

そこまで言って、ナツは動かしていた手をとめて、ゆっくりと此方へ直りオレへと顔をあげる。久々に、ナツと顔を合わせた。
普段の強気な顔ではなく、困ったような、怒られる前のような、助けて欲しいような、そんな顔でオレを見ている。

「あのな、その、ら、ラクサスのことが、好きっ、みてぇなんだ、けど」
「あぁ、そうかよ。好、…き?」

あまりにもそれは突然で、一瞬のことだったので聞き流しそうになった。
好き。好きとは何だろう。好き、その認識が正しければ、通常ならこの二人きり、という場面で使うような言葉ではないはず。ナツもその一人のはずだ。

「…何言ってんだ」
「だ、だから、オレ、ラクサスの事が、す、好き」
「…お前のその好きって、」
「え、っと」
「エルザやグレイに対しての好き、なのか」
「っ…!」
「それとも」

オレはあり得ない事を言いそうになる。まさか、そんな馬鹿な事があってたまるか。

「オレは、仲間じゃなくて、あの、こっ、恋?のほ」

ナツが言い終わる前に、目の前でしどろもどろで逃げ場のないナツを思わず抱きしめた。自分でもこんな行動をとるなんて、どうかしている。いや、一番どうかしているのはこの告白だ。恐らく夢だ。クエストに行って、帰って来たまでが現実。そのあとはすべて夢。こんなあり得ない事が起こるはずがない。そう思ったらナツの身体を抱きしめていた。
だが、オレの夢という憶測は見事に外れ、目の前のナツの身体は実態があり、抱き込むと火の魔導士特有なのか、自分より高めの人肌に触れているのが分かる。嘘ではない。全くの事実なのだ。

「っ…!!!ら、ラクサッ、」
「少し黙れ、っ…」

オレの心拍数が跳ね上がる。嘘じゃないという実感が、血圧を上げ体温が上がる。目の前のナツも同じらしく、オレに抱きしめられ顔を真っ赤にさせているらしかった。
生憎オレの方が体格も背も大きいので、今は見れていないが言葉から推測するとその様だった。
どのぐらいかは分からなかったが暫く抱き合っていると、次第に心拍数も落ち着き頭も冷静になってくる。ナツはどうして言ったのだろうか、と気になったがその前にオレは言うことを思い出した。
ナツに対してだけ、フェアでありたい。

「…ナツ」
「んだよ」
「ナツ、なんだ、その…あー、」

ナツを抱きしめたまま天井を仰ぎ見る。なんだか、泣き出しそうな笑いたいようなそんな気持ちになった。だが、緩みそうになる顔を引き締め、もう一度顔をナツに戻す。
ナツは顔を見られたくないのか、頭部を胸に押し当てているだけで文句はいってこなかった。

「好きだ、ナツ。好きだ」
「…、っ!!」

好き、と一言伝えるだけでこんなにも気力を使う。この先陣を切って好きと伝えてきたコイツはオレ以上に気力を使っているに違いない。そう思うと、愛しさがこみ上げてくる。
まさか想いが通じ合っているとは思ってもいなかった。
どうしようもなくなる。こんなに神を信じたくなる日がくるとは。ナツを力を込めて抱きしめる。もちろん苦しくない程度にだ。嬉しさが伝わるように、愛おしく。
ナツもそれに応えるかのごとくおずおずと手を背に回してくる。こういう時に遠慮してしまうのが、なんともナツらしい。

「ナツ、」
「…ラ、ラクサス」
「帰るか」
「っ!」

ココがギルドだということを忘れていたらしいナツは慌ててオレの胸を押して引きはがそうとする。つい、その様子に苦笑いをして腕を解いてやった。

「掃除、あの、片付けてくっからっ!」
「ああ、待ってる」

頭を優しく撫でてやるといつものように満面の笑みで反応を返してくれる。
バタバタと慌ただしく暗闇に掃除道具をもって暗闇にとけて行く後ろ姿を、ただただオレは愛おしく見つめていた。




明日からは恋人同士