「ナツ」

顔がぶわっと赤くなった。ラクサスはいつでもこうやって優しくオレを呼んでくれる訳ではない。機嫌が良いとき、とりわけ酒が入った時がそうだった。ギルドで飲んでいる時はいつも通りなのだが、家に帰ると途端に優しくなる、気がする。あくまでもオレの予想であって違っていたらそれまでだけど。
普段からぶっきらぼうなラクサスはオレに対して冷たい。冷たいというか、皆に対して一歩引いているというイメージだ。輪の中に入らず、それを見守っている。確かにそういう一面があるけど、それが崩れる時がある。それが、今だ。
酒を飲んだあと、オレをぐいぐいと引っ張って家路までを歩く。もちろん無言でだ。酔っているのかいないかもよく分からない。そのぐらい強い力でオレは引っ張られていく。オレのこれから帰って寝る、という予定なんて全くお構いなしにだ。ひでーやつ。
家につくとラクサスはオレをベッドに放り投げる。それからその上に乗っかってくるのだ。そして、冒頭に戻る。ナツ、と。ギルド内では絶対に聞けないような甘い声でオレの名前を、オレのすぐ耳元で囁く。酒で掠れているのが、結構やばい。オレ、男なのに。女がいいんだけど、男でもいいのだろうか。いや、そんなことはないと思う。例えばこれがグレイやガジルだったら、押しのけててでもオレは逃げてる。ラクサス、だからだ。ラクサスだったら、いいと思っている自分がいるのが何となく分かっていた。

「ラクサス、おもてぇ」
「ナツ」

ラクサスが体重を掛けてくる。全体重ではないけど、胸と胸が衣服ごしで重なる。ラクサスの肩に掛かっているコートがバサリ、と音を立ててベッドの下へを滑り落ちていくのを、目の端で捕らえた。ラクサスは、どかないらしい。

「ナツ」

さっきからオレの名前しか呼ばないラクサスを退けたい。そもそも、何でオレなのだろう。ギルドの中には、女も沢山いる。そして、どの女もラクサスがいつも連れている女に引けを取らないぐらい美人で、可愛い、とオレは思う。何より、大半が出るところが出て、締まるところは締まっている。なのに、なんでオレなのだろう。いつもみたいに女の所にいけばいいのに。
たまに、こういうことをしてラクサスはオレをどうしたいのだろうか。皆目見当がつかない。
ラクサスと目を合わせる。電球の光で、表情がよく読み取れないのは、きっとオレも酒を飲んでいたからだ。ラクサスの真剣な顔なんて、きっと気のせいなんだ。

「ラクサス、もうオレ、眠いから帰りたいんだけど」
「ナツ」

帰りたいのは嘘じゃないし、眠いのも嘘じゃない。ただ、今すぐ眠れるかと言ったらそれは違う。今この状況を何とかしたいだけなんだ。この、変に緊張する空間から抜け出したい。それだけなのに、ラクサスはオレの手首をがっちり捕らえて離そうとする気配は全くなかった。むしろ、オレの言葉で力を少し強めたぐらいだ。
ラクサスは何がしたいんだろう。訳が分からない。正直、考えたくなかった。いつも通りにオレが喧嘩をふっかけて、躱されて、鼻で笑って、ばーか、と笑って。それでいいのに、ラクサスは何を望むんだろう。頭の中がアルコールが入って更にぐちゃぐちゃでまとまらなくなる。

「ラクサス、ってば」
「行くな」

切なそうに眉が顰められる。行くな、ってどこにだろう。あ、帰るなってことかな。そのぐらいしか思い当たることがない。
ラクサスは何をそんなに思い詰めているのだろうか。口に出して言わないと、オレだって分からない。表情のみでは読み取れない。

「泊まっていけってこと」
「いいから、今は帰るな」

よく分からない返事をされてしまい、とりあえず今はこのままいることにした。
なぁ、どうしたいんだよ。ラクサス。そんな顔して、らしくないなって言ってのけたらどれだけ楽なんだろう。
なぁ、ラクサス。オレに、どうしろっていうんだよ。



傍にいてくれるだけでいいから