隣でナツが寝ている。隣、というかオレにもたれ掛かっているといった方が近いか。
希望するクエストがなく一日休みという名目で自宅にこもって本を読んでいたら突然ナツが呼び鈴も無しに戸を蹴破る勢いで尋ねてきた。ナツも同じく希望するクエストがなかったようで、ナツだけ休みにしたらしい。
ハッピーは、と聞くと空色のエクシードは高いところのクエストだからと金髪の星霊魔導士の少女に連れ去られたらしい。ナツが目を放している隙に、だと。お前たちも大変なんだな、じゃあと世間話をしてすぐに扉をしめようとすると、暇だろ、と笑顔で言われてしまった。その笑顔に弱いのは十分承知だし、ナツはなんの意識もせず向けるからこれまたタチが悪い。自分も無視すれば良かったものの、こいつだから相手をしてしまった。なんせ、自分の恋人なんだから。
たまには家でゆっくり、とも行かずナツが尋ねてきたので家の掃除、洗濯、とたまっていた家事を始める。不思議なもので一人だとやる気が失せていたのが二人だとやる気が出てくる。こいつだからかもしれない、と思いつつ手は作業を進める。ナツも手伝ってはくれるのだが、家事は苦手なようで、苦戦をしている。そういった、あまり家庭的なところでないところが可愛いというか、構ってやりたくなるというか、面倒をみてやりたくなるというか。洗濯を干すぐらいならできんだろ、と山になった洗濯物を渡して外を指し示す。ナツもおー、と返事をすると表へ出てシャツやら、シーツやらを運び出した。
部屋の掃除が一段落し、表に出ているナツを呼びにいく。ナツも終わったららしく、次は買い出しが待ちかまえていた。
あまり家で炊事はしないので、日用品ぐらいしかないがナツと一緒にすると妙に新鮮で、デートしている気分になる。デート、なんてそんな甘いものではないし普段からギルドで顔を合わせてはいるが二人きりというのはなかなか出来ないので結構嬉しい自分に驚きだ。そんなに、ナツに甘かったか。
考えてみるとナツにはどこまでも甘くしてやりたいと思う。恋人だから、というのもあるが、あの笑顔で救われたのは確かだし、それを守ってやりたいとも思う。なんて、事をナツにいったらオレはラクサスをぜってー抜く、と言って聞かない。そもそも、守ってやると言っているのに抜くというとんちんかんな答えが返ってくるあたり、ナツだ。そこが可愛らしいというか。
一通り買い出しを終わると、昼食がまだだった事に気が付き、二人で適当な店に入って昼食を取った。支払いはオレが二人分払うと、ナツが慌てて自分の食べた金額をオレに渡そうと財布を出したが、制止した。
このぐらいS級魔導士なら平気だ、と。そういうとナツはむくれて、オレもぜってーなってラクサスを奢ってやるんだからなっ、と意気込んだ。かわいいやつ。

で。帰ってきてのんびりとソファーに座り、他愛のない会話をしてこのざまだ。ナツが途中でうつらうつらしているのは分かっていたが特に気にも止めなかったが、まさか寝るとは。まだガキだな、と思ったがまさしく寝顔は発達途上の子供そのものだ。寝顔が幼い。もたれ掛かっている左ではなく、右手でナツの顔にそっとふれる。柔らかな肌。皮膚の再生が早く、傷がついてもすぐに回復するその驚異的な肌。起きない程度の力で頬をなでる。ナツが身動ぎしたが、起きることは無かった。規則正しい息が隣でしている。
幸せだな、と思う。こういう時間がずっと続けばいいのに、とも思う。しかしそうは行かない。ナツはきっと頷かないだろうし、オレも頷かない。それでも、今だけは。

「ナツ」

小さな声で名前を呼ぶ。愛しい、名前。何度も呼びたくなるがその衝動を抑える。今は、その彼が眠っているから。しかし、もう一度だけ。起こさないようにそっと、囁くように。

「…ナツ」

密やかに、極めて優しい声で呼んでやる。彼の寝顔を眺めながら。ん、と鼻にかかった声がする。ナツをじっと観察していると、目をこすってぼんやりと薄目をあける。起こしてしまったか、と眉を寄せたが、ナツは意に介さず、薄目のまま何度か瞬きをした。

「…起こしたか」
「、んー…、らくさす…」

まだ完全に意識が覚醒していないのか、はっきりとしない声でオレの名前を呼び、力の抜けていたナツの手はもたれ掛かっている左腕をまさぐり、ソファーをついていた手の甲の上にナツの右の掌が重なる。少し体温が高い手は温かく、温もりを感じる。予想していなかった行動に、どきりとさせられ思わず目を見開いてしまった。そんなオレにナツは未だ起きていない意識の中で、悪戯っぽく笑いふっと息をもらした。

「オレ、…らくさすの声、好きだ…安心、する…」

そういうと、すっとまた眠ってしまった。どうやら寝ぼけていたようだった。寝ぼけていてあれか。顔を戻してラクサスは鼻から下を手で覆う。出来たら見られないようにうなだれたかったが、ナツが寝ているのでそうにも行かず、恥ずかしさは手で覆い隠すしかなかった。
無意識とは本当に怖いもので、普段からナツがそう思っているならとんでもない悪魔がいたものだ。嬉しさと、恥ずかしさがない交ぜになってオレに襲いかかる。本当に、こいつは。
ああ、キスして襲ってやろうかとも考えたが寝顔をみてそんな気にはなれず、かといって素面にもどったナツに問いただしてやろうかとも思ったが、おそらく恥ずかしさをおくびにも出さずそーだぜ、なんて言ってのけそうなのでそれはそれで面白くないだろう。
起きたらどうしてやろうか、と悶々と考える他ないオレは、ひたすら先ほど言われた破壊的な台詞を思い出す。
お前が、傍にいればオレはそれだけで、と小さく囁いて顔を覆っていた右手でナツの桜色の髪の毛を一撫でした。
幸せを噛みしめて、昼の暖かな日差しを窓越しから背に受けゆったりとした時間を楽しむ。
彼が起きるまで、あと少しだけ。



微睡む夢の中でも、貴方に会うから