事後の後はいつも風呂に、一緒に入ることが儀礼となっている。いつからかは覚えていないが、いつの間にかそうなっていた。
そして今日も今日とて、一緒に入浴する。自分の家だと小さくて狭く、とてもじゃないが足はのばせないが、恋人の家の浴槽は二人一緒に入っても充分足が伸ばせる広さだ。貰っている報酬額が恐らく違うのだろう。S級魔導士はやっぱちげぇなぁ、といつもこの浴室を見渡して感心する。
やっぱ、風呂いいなぁと恋人の胸にもたれかかってナツは一人呟いた。

「風呂ならいつもギルドで入ってんだろ」
「あれはちげーし。皆いるから、くっつけねぇだろ?」
「引っ付きたいのか」
「ラクサスは嫌なのか?」

顎をグイッと上げて、上目でラクサスを見る。視線が合うと直ぐに逸らされてしまった。どうやら口に出して言うのが恥ずかしいらしい。
してる最中にあんなに恥ずかしい事沢山言える癖に、と心の中で悪態をつく。言ってしまうと倍になって返ってくるのは充分承知していた。
それでも、口に出してほしいし、今更照れなくてもとはいつも思う。自分だって、そういうとこは無いわけではないし、今すぐラクサスにキスしろと言われたら恐らくラクサスと同じ行動をとるだろう。
いつだって、一緒に居たい。件の風呂だって、ギルドに大浴場が出来たことは嬉しいが、入るときは常に一緒ではない。ましてやこの関係は知られているはずがないので、いつも必要な会話しかせず、距離を置いている。ビスカとアルザックのような、あの二人は既に結婚までしているが堂々と一緒にいられることは羨ましいとは密かに羨ましいと思っていた。
勿論ギルドは好きだし、チームを組んでいる魔導士たちも好きだ。
しかし、恋人というのは特別なもので毎日一緒にいたくなるし、くっついていたくなる。
どんなにギルドの中では意識的に離れているからといっても、結局はそういう選択をとっているのであるので気持ちをひた隠しにしているだけ。
いつだって、今だって、独占したい。

「オレ、ラクサスと恋人になってからおかしい」
「はぁ?」
「だってさ、毎日会ってんのに、手繋ぎてぇなーとか、ぎゅーってしてぇなーって思う」
「…はぁ」
「なんだその気のない返事は!」

ため息にも似た返事に、ナツはムッとして声を少し荒げた。自分ばかりが、そう思っているのだとしたら恥ずかしい上に自惚れだ。
ラクサスだって、そうだったらいいのにといつもひっそりと思っていた。後ろ姿を眺めながら、雷神衆と一緒にいる姿をみながら。
あの大きい手は自分だけのもの。手を握りしめてくれる、自分だけの。
ナツは湯船に半分潜り、空気の泡をブクブクと音を立てて吐き出す。
怒りたくなったが、悲しみのほうがすこし大きいのはそれだけナツがラクサスを好きだからだ。
自分の中に入り込んで、取り込まれて、骨抜きにされてる、彼が、とても。

「、そんなの」

ラクサスの声が浴室に響く。沈めていた顔を上げてラクサスを見上げる。真正面から瞳がぶつかり逸らそうとも思ったがいつになく真剣な顔をしたラクサスに視線が外せず、心臓が少し跳ねた。
シャワーの水で濡れている髪の毛が余計色気を増している。
ポタリ、と冷えた雫がナツの頬を伝い落ちた。

「いつだって、思ってる」
「っ…!」

手を取られたかと思うと、そのままラクサスの唇まで最短距離で持っていかれ、手の甲に唇が触れられる。
途端、全身が真っ赤になるのが自分でもわかった。酷く動揺したのと同時に、先程とはまた違った恥ずかしさがこみ上げてくる。
なんだそれ。自分ばかりだと思っていたのに、なんだよ、それ。
ナツはそう、抗議したかったが言葉にならず、パクパクと金魚のように空気を食むだけだった。
あまりにも突然で、まさかそれが自分と同じだったなんて思ってもいなかった。嬉しい、けど、恥ずかしい。愛されている、という実感より先に羞恥が来てしまうのは自分とラクサスがまだそういう関係になってから日が浅いからだろうか。
ぐるぐると考えたが、答えは出ないナツに更に追い討ちはかけられた。

「お前を、独り占めしてェ」
「っ、」
「オレは、お前を、いつだって甘やかしたいんだよ」
「、なん、っだよ、それ…はっず…」

耳元で酷く甘く囁かれ、その上耳朶を舐められて肌が粟立つ。ナツは首をすくめて抵抗の素振りを見せたが、そんなのは抵抗にも取られず寧ろ歓喜てして捉えられてしまい、首筋にチュッと幾度か口付けを落とされてしまう。
その感触にゾクゾクと背筋から這い上がってくる快感を拾ってしまう自分を恨めしく思う。
手はずっと捉えられたままだし、どう答えていいか分からず、憎まれ口を叩くしか思いつかない。
本当は嬉しい。好き、凄く、好き。
甘やかされるのなんて、今まで全くなかった。イグニールでさえ、あったような、無かったような。
朧気にしか覚えていない甘やかされ方は、やはり記憶として残っておらず、こんなに露骨に言われたのは勿論初めてだった。
思えば、ラクサスはいつも泊まると自分の言うことにあまり反論をしない。窘めることは多々あるが、例えばこれが食べたいと言えば自分が良く利用している店よりも良い店で食べさせてくれるし、これが欲しいと言えば考えている以上のものを買って来る。さすがに後者は悪いと思い金を支払うが、受け取って貰えない事も良くあることだった。
甘やかされている。自覚はあまりなかったが、いつだって甘やかされていたのだ。この男に。この、恋人に。
じわっと目が潤む。こんなにも、愛されているのか、とまざまざと見せつけられた気がした。
自分ばかりではない、逆にオレの方がお前を愛しているのだ、と言われた気がした。
勿論そんな直接的な言葉ではないのは解っている。あまり喋らない彼だからこその、愛し方。少し不器用で、でも優しくて。愛しさが溢れる。
好きだ、改めて思う。オレも、好き。

「だから、オレに甘やかされてろクソガキ」
「ガキじゃねぇっ」

捉えられていた手を話し、ワシワシと雑にナツの頭を撫でる。恐らく、ラクサスはラクサスで照れているのだろうと考えたが、最後の部分が気にくわない。
手を止めたのを見計らい、後ろ向きに体制を変えてラクサスの唇を奪う。
流石のラクサスもこれには驚いたのか目を見開いている。してやったり。
ナツは目をぎゅっと瞑り、両手でラクサスの顔をがっちりと抑えている。抵抗は勿論されないだろうが、自分が恥ずかしさに堪えるように、だ。
慣れないキスに、更に舌を出してラクサスの唇を舐める。くすぐったさに少し拓かれた唇からゆるりと侵入をした。
歯列をなぞってそれさえもこじ開けると、ようやく目当ての物を見つけ、恐る恐る舐め上げると逆に舌が捕らえられてしまった。そのまま激しいモノへとかわっていき、ナツの鼻にかかる声が甘くなっていく。
苦手な深いキスを自分でけしかけといて、結局捕まってしまうのも恐らく惚れた弱みというやつだろうか。
そんな事をぼんやりと考えた。

「っ…ガキだったら、こんなこと、しねぇ、し」

唇をゆっくりと離し、涙目で精一杯の強がりをみせる。そんな姿をみてラクサスは思わずくくっと喉の奥で笑ってしまった。
可愛すぎる。なんて、言えた台詞ではないがまるで情事中に睨み付ける仕草そのもの。それで誘っていないなんて。
本当にこの恋人はどこまでも甘やかしてドロドロにして。オレだけを見ておけ、なんて言えたらどんなに楽だろう。
激しいキスに、胸を上下させている恋人にひたすら甘く囁く。
ナツは、ラクサスが勿論そんな事を考えているだなんて分かる筈もなく、余韻にひたり息を整えていた。

「そうだな、ガキならこんな事しねぇ」
「っ、ラクサスっ」
「あ?」
「、好きっ、だっ」

口にしっかり出して言ってみる。余計にまた好きになっていくのが分かる。どこまでも甘やかされてみたいという、羨望を持ちながら。
浅ましい気持ちなのは良く分かっている。それでも、やはりラクサスが好きで好きで仕方がない。
ナツの甘い告白に、ラクサスは離された唇をもう一度ナツに押し付けた。
事後からの、再び開始の合図。ひたすら甘い享受に、ナツも溺れていった。



甘やかしたい、甘えたい