ナツさんの隣にはいつも”黒”がいる。
いつも上半身裸で、たれ目の野郎だ。ナツさんにこれでもかと言うぐらいベタベタ触りやがって、今日なんて肩に腕を回してホールドしたかと思えば、ナツさんのわき腹をくすぐっていた。ナツさんはやめろ馬鹿グレイ、としか言わず擽られること自体は悪くないらしい。擽られている最中のナツさんは、性行為よろしく顔を赤らめて、歯を食いしばって耐えていた。
そんなナツさんをみたたれ目は、さらに脇や背中を擽り始めた。ついにナツさんもそれには耐えかねたらしく、ははは、と明るい笑い声が響いていた。

「んの、野郎」
「スティング君、どうかしましたか?」
「放っておけ。どうせ火竜絡みだろう」
「フローもそーもう」

オレがたれ目とナツさんがじゃれていることに勘弁ならず、静かだった喫茶店のテラスで盛大な音を立てて椅子から立ち上がった。
ナツさんはオレだけのナツさんなのに。あのたれ目野郎気安く触りやがって。苛立ちは怒りに代わる。
そんなオレを心配してくれる相棒のレクターに、冷たい言葉を投げつけるローグを、いつも通りに肯定だけしたフロッシュ。そんな会話なんて耳に入って来ず、オレはナツさんのところに言って抗議しに行こうと大股で一歩を繰り出した直後。ガシリ、と相棒の喋る猫ではなく人間の手が俺の手首を捉えている。

「止めとけ。仮にも敵だぞ」
「じゃあローグが言って止めてくれるのか?あ?」

頭だけを捻ってローグを肩ごしからちらりとみる。ローグは取り乱しもせず、ティーカップに口をつけながらオレを諫める。
が、勿論そんな事など自分にはどうでもいいことであり、今大事なのはあのたれ目野郎を如何にしてぶっ飛ばすかしか考えていない。物騒だが、ナツさんを目の前にすると理性を失ってしまう。その位ナツさんが愛しい。
ローグはため息をついて、オレの手首を握り締めている力を強めた。いてぇって。

「騒ぎを起こしても面倒だ」

その言葉にオレもぐっ、と詰まる。そうだった。あくまでも今は大魔闘演武の間であり、初日のように大会開始前だったのでまだ良かったが、いまはその最中。流石のオレもギルド優勝の為に行動に慎みを持たなくてはいけない事ぐらいわかる。
それでもナツさんたちは暴れているけど。
それにしても大会前日のナツさん可愛かった、と思い出す。思い切り敵意を剥き出しにし睨みつけて来るのに、シンボルのマフラーと頭には花の首飾りと花の冠。あのなんともミスマッチさがナツさんだった。
七年後も変わらない容姿。それは自分たちのギルドでも噂されたが、結局判らずしまいだったがそれでもナツさんに会えたのは奇跡だと思った。
週刊ソーサラー、そして幾度か生であっただけの記憶。そのナツさんが今目の前にいることが凄い事なのである。

「…分かったよ。行かねぇ」
「スティング君は火竜を目の当たりにすると、見境が無くなりますねぇ、ハイ」
「レクターの言う通りだな」
「ローグ、ぶっ潰すぞ」

乱暴に椅子に座り、片肘で頬杖を付く。
ナツさんがオレのになったら直ぐに行くのに。そんな歯痒さを抱きながら、そのままナツさんとたれ目の様子を眉を顰めながら見ていた。
隣の黒ほど、気になるものはない。


* * * * *


スティングと名乗った男の隣にはいつも”黒”がいる。確かローグと言って同じ滅竜魔導士だったはず。
スティングの印象はは最悪でまさかの親殺し。イグニールを探しているオレにとって最悪な組み合わせだと思った。そんなスティングのことが好きか、と聞かれたら嫌いと答えるだろう。
しかし、その嫌いという感情が厄介で、嫌いということは興味がないというわけではないらしい。と、いうのも一緒にいたルーシィがそう言っていた。嫌いになるっていうことは興味があるってことじゃないの、と。確かに言われてみればそう思うし、聞いてみたいことはたくさんあった。例えば、なんで殺したのか。なんでラクリマを埋め込んだのか。他の竜のことを知らないのか。
ラクサスや、コブラとは違いオレ達のように親は竜という共通点。そのことだけは確かであるわけで。
そんな訳で、オレはギルドの決起会というなの飲み会の後、一人で街に繰り出した。いるかもしれないスティングを探しにだ。ハッピーもついてくると言ったが今回は自分の親の行方ということもあって断ったまでは良かったが。

「ここ、どこだ?」

勿論当てがあるはずもなく、街中を隈無く探して道に迷った。少なくとも自分の宿からは遠く離れてしまい、騒がしい商店街から民家がぽつりぽつりとある街のハズレまできてしまったらしい。
どうしようかと考えていると、曲がり角から話し声が聞こえてくる。しめた、これはピンチを切り抜けるチャンスだと思い曲がり角を覗くと、願っても居ない人物を発見した。スティングだ。
その隣にはローグとかいうやつもいて、スティングはそいつと話していた。
オレはいつものように話かければ良かったのに、とっさに物陰に隠れてしまった。
自分でも何故だか分からなかった。何だか今は聞いてはいけない気がしたからかもしれない。

「あーあ、ナツさんに会いてぇな」
「明日も闘技場で会うだろう」
「判ってないねぇ、ローグ君はよ」
「何が言いた、…!」
「だからよって、どうしたスティング」
「いや、何でもない」

目が合った。まさか気が付かれるとは考えていなかった。ローグとばっちり目が合う。
スティングは気が付いていないらしい。ローグは此方をチラリと見て、口元だけで笑う。
なんだアイツ。

「なんだよニヤニヤして…きめぇ」
「うるさい…それよりスティング」
「なに」

ニヤリと笑ってから、ローグは肩を組む。オレはえも言われぬ衝撃が走る。
アイツらってあんなに仲が良いのだろうか。数日前にあったときにはそんな風に全く見えなかった。どちらかといえば、親しい同僚どまりといった方が近い印象を受けた。オレとグレイなら、いや、グレイなんて願い下げだけど。

「うわっ!!!」

突然のスティングの声に身体が驚く。
そちらの方をもう一度みると、肩を組んでいたローグから思い切り離れていた。

「なんだよローグ!気持ち悪ぃ!」
「オレもお前と肩を組むなんて願い下げだ」
「はぁ?ならなんで今やったんだよ」
「さあ」
「さあ、って…お前頭おかしくなったか?」
「断じて違う」

首を傾げているスティングを引きずるようにして道を進んでいく。
オレはまた一人取り残されてしまった。
そして、自分の気持ちがあまりにもの衝撃的で驚いている。

(なんであそこでショックを受けてるんだ?)

放心状態で自分に聞いてみるが、勿論自分なので分かるはずがない。ローグがああいうことをした事に驚いたのならまだいい。そうじゃなくて、スティングと仲が良いことに驚いているのか。
それも似つかない。なら、これは一体。
遠くからオレを呼ぶ声がする。ハッピーだ。その声がする方へふらつきながらオレは歩いていく。

この感情に名前をつけるならば、それは何なのだろう。



ローグはスティングを応援したいらしい