「うおっ急に降って来やがった!」
「ナツー!早くー!」

突然降り出した大雨。クエスト先の休憩していた町から帰ろうとした矢先の出来事だった。確かに雨は降りそうな匂いはしていたし、降ってもたいした事が無いだろうと高を括っていたナツとハッピーは突然のどしゃ降りにさすがの二人も予想外の出来事には驚かされた。傘も持っておらず、とりあえず町中を雨に打たれながらも走り、雨宿りが出来そうな場所を探す。
軒下が意外にもないこの町の建物の作りに、内心舌打ちをしてしまうが迷っている暇はなかった。
しかし、眼前に少しだけテントが張ってある商店を見つける。窓から光はこぼれておらず、今日は定休日のようだった。しめた、と思いナツとハッピーはそこに急いで駆け込む。
生憎風がないので降り込んでは来ないが、そのかわり雨量がものすごく、壁際にいないと雨に濡れてしまう事になってしまう。

「ナツータオル持ってる?」
「ちょっと待ってろ、確か底の方にあったような…?」

背負っていたリュックを地につけてごそごそと漁ってみる。が、それらしきものは携帯しておらずあったのは応急手当用の三角巾と包帯ぐらいだった。これでは身体を拭けない。
ナツとハッピーはため息を一緒について、この後の予定を二人で立てることになった。

「どうするナツぅ」
「雨が止まねぇことにはなぁ」
「うーん」

無い知恵を振り絞り、この雨を止むまで待つかどうするかを考え抜いてみるが、どうにも思いつかない。
ナツが炎に対して雨という、この相性の合わない組み合わせの天候もどうやら思考にも影響しているらしかった。おかげでいつもの覇気が少し無かった。

「あ、」
「どうしたハッピー」
「ナツはココで待ってて、オイラ傘売ってるところ探してくる!」
「え、ハッピー濡れちまうだろ?」
「ナツが濡れて探すよりも、ちっちゃいオイラが探した方がいいでしょ?」

ハッピーの不意の思いつきに賛同しかけたが、それでは相棒のほうが割を食ってしまう。それはいけないと思ったナツは慌てて首を振るが、ハッピーもハッピーで意見を変える気はないらしかった。
こうなると押し問答が始まるだけと知ってる二人の性格を二人とも熟知していたので、ナツは思うところもあるが、今回は言葉に甘えようと思った。

「風邪引くなよな」
「あいっ、オイラの羽根ですぐに見つけてくるね!」

そう言うとハッピーはバサッとエクシード特有の白い羽根を広げて、わざわざ雨の中傘を探しに行ってくれた。
ナツは言葉には出さず心の中でお礼をいう。そういえば、とナツは思い出す。足下にあるリュックの中身を整理しようとしゃがみ、中を整理整頓し始めた。
普段からエルザに言われているのと、今回のクエストの報酬物が小さめの物だと思い出したからだ。せっかくの思い出をなくすわけにはいかない。ナツはごそごそと一人雨音が聞こえる中整理をしはじめた。
と、そこにバシャバシャと雨に打たれている路面を早足で歩く音が聞こえる。そちらの方へ顔を向けると、見知った顔がそこにはあった。
もちろん、向こうも驚きコチラまでは走ってきたもののそれ以上近づかず、立ち止まっている。相手は傘を差して、コチラを見下ろしている。

「ナツさん?」
「え、スティング?」

お互いの名前を呼ぶなり固まってしまった。


* * * * *


「へー、スティングも帰りなのか」
「ナツさんは雨宿りで、あの青い猫まってんの?」
「ハッピーな」

スティングも同じくクエストの帰りでこの町に立ち寄りった際に雨に降られたらしい。ナツとは違い傘を携帯していたのは良かったが、まさかナツと会うなど全く予想だにしておらず偶然の再会に感動してしまい、立ち止まってしまった。もちろん、そこまではナツには言わなかったが。
差していた傘を閉じ、同じ軒下に入って肩を並べる。スティングの方が若干背が高いので、少し上を向かなくてはいけないことは不満だったがナツは知り合いに会えたことに少し安堵して、自然に笑顔がほころんだ。自分の経緯を話すと、ナツさんが寂しくないように一緒にいてあげる、とまで言われてしまったのでさすがに焦った。

「さすがにそれは」
「いいって。オレがナツさんと一緒にいてぇだけだから」

コチラに顔を向けられ、優しい笑顔を向けられると断れなくなる。その優しさをむげに出来ないナツは、じゃあハッピーが帰ってくるまで、という約束を取り付けて顔を前に向けた。
曇天な上雨が多量に降っているので、町には人の気配がほぼない。商店も半分以上が閉まっている。雨音が耳奥に響くだけで、隣にいるスティングも話しかけてこない。
普段から騒がしくしている身なのでこういった静かさにあまり慣れないが、心地よく感じる空間は嫌いではない。ナツは、ただ降りしきる雨の町を立って眺めていた。

「ナツさん」
「うおっ?!」

突然話しかけられて、びくっと背を伸ばしてしまう。
スティングはコチラを見ず真っ直ぐ前を見ながら話しかけてきた。

「ナツさん、オレナツさんと雨宿りできて嬉しい」
「はぁ?」

普段から多々おかしい事を言われるのは分かっているが、ここにきてついに頭がおかしくなったか、とナツは怪訝そうな顔をスティングに向ける。スティングはコチラに一度視線をよこしてはきたが、すぐに前にやってしまう。何が言いたいのか思考が読めない。

「ナツさんのこと、独り占めしてるみてぇでいいなって思って」
「えっ、お前、えっ?」

声が雨音にかき消されるか消されないかぐらいの声音で言われる。だが、耳の良いナツにはもちろん分かってしまい、途端顔を真っ赤にさせた。
二人の間柄は同業者。普段関わることがなければ、仕事も全く違う。しかしこうして会えたこと自体凄いことなのは分かっている。
それに加えてスティングは出会った時からずっとナツに対して、尊敬と恋情をもって接してきているのをナツ自身知っていたし、その先どうしようとは考えていなかった。スティングもそのような事は言っていても付き合うのなんて夢のまた夢のような話だと思っていたし、何よりギルドが違うので会う機会が全くなかった。
そしてこの出来事で心の中では舞い上がってしまい、このような言葉を口に出してしまったのだった。
まさしく本音。

「ナツさん」
「ん、だよ…」
「オレ、ナツさんの事好きって、知ってるよね?」
「お、おう…」

会う度に、好き、や、かわいい等の言葉を投げかけられその度にあしらってきたナツだったが、好きという感情を向けられるのは嫌ではなかったのでそのままにしておいた。それを確認されるとは思ってもおらず、尻すぼみな返事をしてしまった。

「キス、していい?」

えっ、と返事をする前にスティングの顔は自分の眼前にあり、驚く。いつの間にか肩に手を置かれ、身体がくっつきそうなほど側にあることを知る。短い軒下では男二人が前後に並ぶと片方がはみ出してしまうぐらい短いのに、スティングは気にもとめていないようだった。自分しか、眼には写っていない。
スティングの顔がより近づき、鼻がかすかに触れた。唇が体温と同じ暖かさの柔らかいものが押し当てられ、それがスティングの唇だと認識する頃には既にスティングの顔は少し離れていた。

「ナツさん、やっぱりかわいい」

眼を細めて笑ったスティングに目が合わせられず、とっさに俯いてしまう。普段からおかしいと思っていたが、かっこいいと思ってしまうのはやっぱりおかしいと改めて思い直した。

「ナツー!」

ばっと顔を上げると、ずぶ濡れになった猫が帰ってきた。もちろん傘も携えている。

「ハッピー!」
「もー雨すごいよ!」
「知ってるって」

軽口を叩いて、迎え入れた。ハッピーは体を
ブルブルと全身を震わせて水気を払う。ナツの足下にも水しぶきが飛んだ。

「じゃあナツさん、また」
「え、まっ」

言うより先にスティングが傘を差して、雨の中を走って行ってしまった。一緒にいてくれたお礼は言えず、がっかりはしたがその代償と言って良いぐらいの爆弾は投下された気がする。
先ほどの唇の感触をふと思い出して再び顔を赤くしてしまった。

「ナツ顔赤いよ?」
「えっ!な、なんでもねぇ!」

大声で煩悩を振り払い傘を受け取って外に出る。
不思議そうな顔をしているハッピーを横に、雨の日なんてやはりろくな事がないと相性が悪い天候に心の中で毒づいた。



雨の日の思い出