※スティング→ナツ
※スティングは出てきません



「はーあ…」
「どーしたのよナツ」

ナツはルーシィの顔を見るなり盛大にため息をついた。無論それはルーシィの事を考えて、と言うわけではない。ルーシィの髪の毛の色を見てのため息だった。
そんなことは全く知らないルーシィは何食わぬ顔でナツの隣に座り、ミラジェーンにドリンクを注文するとナツの方に向き直った。ナツの顔色は普段より血色が悪く、なんだかげっそりとして見える。

「ルーシィ、オレ、今悩んでるんだけどよぉ」
「はー、アンタも人の子なのねぇ」
「イグニールの子供だっつの」

ナツはだらしなく顎を机にのせて、だらだらと喋る。普段のように覇気は感じられず、相当その悩みで参っているのが見て取れた。今までこんなに悩んだこと、あっただろうかと自分との出会いからの事を思い返して見たが見当たらなかった。いつも明るく、元気が有り余るぐらいうるさいナツが、こんなになるほど悩むとは。ルーシィも驚きが隠せないが、悩みを聞いて欲しそうにしているなら協力をしてやりたいと思った。普段からナツには世話になっているからだ。
はぁ、と再び短くため息をついたナツをみて驚きを隠しながらナツに取り繕った。

「その悩みって?」
「あのよ、スティングいるだろ?」
「剣咬の虎の?」
「それそれ」
「で?」
「なんかさー抱きつかれるんだよ」
「は?」

抱きつかれるって、なんだっけ。
ルーシィは一瞬意味を忘れてしまう。自分の想像している事がただしければ、このナツの言っていることと照らし合わせると、ナツがスティングに抱きつかれていると言うことになる。抱きつかれる、つまりスティングに抱きつかれているのはナツで、スティングはナツに抱きついているということになるから。

「ちょっとまって」
「どこで待つんだよ」
「ここよっ!おかしくない?!」
「おかしいから相談してんだろ?」
「そうよね、うん、そうよね、分かった」

ルーシィはこの滅竜魔導士の口から飛び出した言葉を一度頭の中で整理する。が、やはり自分の思っている事実は覆るはずもなく、言葉の額面通り受け取るしかないのだと悟った。ナツはスティングに抱きつかれていることを困っている。つまりこういうことだ。
なんて面倒臭い案件に首を突っ込んでしまったのだろうと自分の運の無さと、タイミングの悪さを呪ったが聞いてしまったら放っておけないこのお人好し。しかもいつもチームを組んでいる仲間となれば尚更だ。ムードメーカーがこんな調子では、グレイでさえ心配するだろう。頭を抱えたくなるのはこっちのほうだと言いたいが、そんなことを言ってしまえば恐らく追い打ちを掛けてしまうことになる。
ルーシィはまとまらない考えはとりあえず頭の端に置いておき、ナツにどうしてそうなったかを尋ねた。
大魔闘演武が終わり暫く立つが、大魔闘演武の時はスティングにそんな気配は一切なかった。どちらかと言えばナツを見下している分類に入っているようだったが、何故か知らないがナツにだけ『さん』という敬称を使っていたのを覚えていた。尊敬を止めたのなら、呼び捨てにすればいいのに、と彼の残忍な性格を見てそう思ったのだが、ナツにだけ妙に懐いていたのは根底に敬意の念というものがまだ残っていたからかもしれない、とルーシィは考えた。
が、しかし帰ってきた答えは驚くほど違っていた。これにはさすがに驚きを隠せなかった。

「なんかな、オレのことずーっと好きだったららしくてよぉ、クエストに行くと時々会ったりするんだけどその度に『好きですナツさん、オレのものになって』って言うんだぜアイツ。おかしいんじゃねぇの、ってオレ言うんだけど、アイツはおかしくねぇって言いかえすんだぜ?やっぱりおかしいよな」
「あのー、ナツさん」
「なんだよ」
「それっていつから?」
「あー、大魔闘演武からだったな」

自分の予想なぞ全く斜め上で、双竜と呼ばれている青年の片割れの行動は明後日の方向を向いていた。ルーシィはここに来て本格的に頭を抱え込んだ。
明らかにその行動は尊敬の範疇を超えたものであり、尊敬とそれは似て非なるものだが、まさしく双竜の片割れの青年はそれだ。気がつきたくもなかったし、そんなことにこのまさしくそれとはほど遠い所にありそうなナツを巻き込んで欲しくなかった。
ナツは常に仲間思いで、ギルドを家族のように思っているからこそ、ルーシィは強く思った。
無茶をする年子の弟をなんだか取られたような気持ちになってしまう。
ルーシィはその感情にたった今気がついて、眉をしかめた。
自分には兄弟はいなかった。一瞬だけ、妹が出来たがそれも瞬く間に消えてしまった。ギルドのメンバーは本当に家族のように思っていたので、まさかこんなタイミングでこんな話をされるとは思ってもいなかったので、まさにナツを横取りされた気分に陥る。
実際は横取りなんてされてもいない。ただ、一番近くにいるのが自分だったからだ。

「私の方がため息つきたくなる…」
「なんでだよ」
「あのねぇ、…」

ここで、先ほどの気持ちをナツにぶつけたとしても恐らくスティングは今後もずっとナツに言い寄ってくるだろうし、ナツがそういう態度を取りつづけることになる。
どうしたらいいのだろうか。

「もー聞いて損した」
「はぁ?」
「アンタは、そのスティングってやつとどうしたいの?」
「どうしたい?」
「そうよ、どうしたいの」
「うーん…どうしたいかぁ…なんかさ、ああやって言い寄られるのって悪い気はしねぇんだよな」
「…って、気持ち悪くないの?」
「なんで気持ち悪いんだ?そんなこと言ってねぇけど」
「あー」

元々嫌いではない上に、言い寄られるのも嫌ではなかったらしい。ナツはただあの激しいスキンシップを止めて欲しいだけなのかもしれない。まさしく損をした。はぁ、とルーシィは小さくため息をついて席をたつ。

「まあいいんじゃない?そういうのもありってことで」
「はぁ?何だだよ。悩み解決してねぇし」
「ほぼ、しかけてるわ」

じゃあね、と言って手を振りルーシィはナツの制止の声に耳を傾けず、座っていた席から離れていく。
悔しいので、それが恋だと断言はしてやらなかった。自分で気がつけと遠回しに言っておいたが果たして気がつくかは、ナツ次第。



恋にも満たず、愛にも満たず