※2015年発行の合同誌の再録です。



 妖精の尻尾のクエストボードに貼られている、ある一枚の依頼書の内容を見てナツは目を疑った。
 自分を指名されているのは分かる。大魔闘演武後、フィオーレ王国中に自分のギルド、つまり妖精の尻尾の名が七年前以上に知れ渡り、名声が上がったので様々なクエストの依頼が一気に増え、ギルドの面々は外に行く多忙な日々を送っている。
 勿論自分もそのうちの一人だし、そろそろ休みでも、と思っていた矢先にコレを見つけてしまったから運が悪い。
 依頼主は剣咬の虎のギルドマスター、スティング・ユークリフからの直々指名。
 ナツは右手で乱暴にクエストボードから依頼書を引っ剥がす。おそらく彼が書いたであろう文字が依頼内容を書き記している。
 何故分かったのか。普段からよく彼の文字を目にしているからだ。手紙のやりとり。ナツと逢う日を取り付けるのに必要だからだった。
 この王国にはギルドの紋章をつけた者同士が意志疎通できる魔法技術、念話があるがあくまでも同じギルドの紋章間のみ使用可能だ。しかも、念話を出来る者を通じてでなければ念話そのものは出来ない。故に、必然と遠い地にいる恋人とは、必然的に手紙という手段しかなかった。届く日数はおよそ一週間。天候が悪ければ遅れるし、自分が家にいなければ受け取れるはずもなく。連絡がすぐに出来ないのも当たり前だった。
 それでも恋人の文字はいつでも優しく、怒りもせず、簡単な挨拶と、次に空いているいくつかの日付、そして『好きだよ、ナツさん』と必ず添えられ、筆記体のサイン。
 顔に似合わず筆まめな彼は、日が合わず逢えない休みには必ずと言って良い程手紙が送られてくる。消印はいつも彼の休みの次の日。
 その事に気が付いたのはつい最近だった。
「ナツー」
 宙をふよふよと飛んで来た相棒の声を聞き、ナツは後ろを振り向く。空色のエクシードのハッピーが身丈とほぼ同じ長さの魚を両手に持ってきた。彼の昼飯だろうか。
 ナツは軽く手を挙げて、ハッピーを呼び寄せた。
「おー、ハッピー」
「クエストぉ? そろそろ休みたいよー」
「オレもそう思ってたんだけどー……」
ほら、と先ほどからずっと眺めていた依頼書をハッピーに見せる。
 ハッピーも気が付いたのか依頼書から顔をあげて、ナツに視線を合わせた。
「スティングからだ」
「そうなんだよ。断るにも断れねぇし」
と、言って日付を指さした。
 依頼された日付は今日から三日後。断るにも手紙を出しても間に合わない期日だった。こんなことならもっと早くからクエストボードをチェックしていれば、と頭の中でチラリと思ったが、ナツはナツでチームを組んでいる金髪の星霊魔導士の少女と一緒に一週間前から昨日にかけてクエストに出ていたのだから、知る由も無く。
 はぁ、と自然とため息が出てくる。顔を合わせるのが嫌、という訳ではないが、少しではあるが疲労も貯まっており、そろそろゆっくりしたかったのに。彼に合ったら一言、嫌味でも言ってやろうかと考えた。
「この依頼受けたら暫くクエストはいいよなー」
「そうだねぇ。あ、オイラ久々に釣りしたい!」
「おーいいな! なら、帰ってきてから一緒にしようぜ!」
 スティングからの依頼が終わったら、何をするかで一人と一匹で盛り上がる。依頼人から指定された日付まであと三日。準備はすぐ出来るが、それまでの移動に一日を要すると考えると出発は明日か。
ナツはそんなことをぼんやりと頭で予定を組みつつ、依頼書をミラジェーンのいるカウンターへと持って行った。
その依頼がスティングの思惑通りとは、微塵も思いもせずに。

 出したら出しっぱなしの自宅の机の上に、無造作に置かれた手紙の山。大半はポスティングされていたチラシだが、その下に彼からの手紙が積まれている。最初の一通から、昨日届いていた手紙まで全部揃えられていた。ナツは思い出の品は持ち帰って保管するのが好きだった。クエストの思い出と、自分の成長が詰まっている気がして。
 この手紙もそのうちの一つだった。スティングがはじめ、次の約束を取り付けようと必死になって住所を聞き出してきたのが始まりで、そのことを思い出す。
 大魔闘演武後、別れ際に言われた一言。次、会いたいんだけど。次、とはいつかまだ決まっておらず、自分にもマグノリアでの優勝パレードが待っていたので彼に会える正式な日付が分からなかった。会いたいと素直に言ってくれたことはとても嬉しかったし、正直同じ滅竜魔導士として個人的に会ってみたいという興味もあったので、じゃあ手紙でやりとりしよう、と自分から持ちかけた。男同士で手紙の交換だなんて、とも一瞬考えたがそういう意味では最初は無かった。あくまでも、最初は。
 手紙を幾度かやり取りしつつ何度か会っているうちに、彼に告白されて自分も彼の事を嫌いではなかったので、そういう意味で付き合ってもいいか、と思いつきあい始めたのが三ヶ月前。それから、例の文章が添えられ始めたのだった。
 まるで、いや、それは確かに恋文だ。ラブレター。自分も何通か街に住んでいるという女性から貰った事がある。しかし、彼から貰う手紙以外は全て捨ててしまったし、何が書いてあるかも思い出せなかった。好きだよ、ナツさんだなんて本当に短い言葉なのに、いつも自分の中にスっと落ちてくる。それほどまでに彼が好きなのだ。そう自覚せざるを得なかった。
「あーあ。これには次はいつ会えるの? って書いてあんのに、忘れてんのか? アイツ」
 昨日郵便受けに投函されていた手紙の内容だ。内容はいつもと変わらず近況報告。自分で依頼書を書いた癖に忘れてしまったのか。なんだそりゃ。ナツは顔をしかめて、丁寧に書かれた字をじっと眺める。
 ナツさん、と呼ぶ声はいつも朗らかなのに彼のしなやかで長めの指から書かれる文字は綺麗だ。いつも読む度に思った。
「ナツー寝るよー」
 相棒に言われ、椅子から立ち上がる。照明はとうに落とされて魔力を動力としたランプだけが灯り、ナツの手元を優しく照らしている。
声をかけたハッピーは既にハンモックにゆられ、夢うつつでナツに声をかけたのだった。明日は出発の日。そろそろ自分の身体を休めよう。
洗濯し終わって、畳まれていない服の山から寝間着を取り出し身を包み、ハンモックへ向かい横たわって静かに身を預けた。
 ゆっくりと目を閉じ、彼の笑顔を思い描く。
 好きだよ、ナツさん。
 彼のくれる手紙の文面の、いつもの最後の締めの言葉を思い出しながら。

 翌日。天気も良く、待ち合わせにはぴったりの気候になった。支度はいつも通り最小限の物だけに押さえて、家を後にする。
 そういえば今回は星霊魔導士の少女に相談もせず決めてしまった。怒っているだろうか。汽車が出発する時間まで少しあったので、彼女の家に少し立ち寄りたい事をハッピーに持ちかけると、そんなことしなくてもいいでしょ、と言われてしまったが、何となく落ち着かないので立ち寄ることにした。
 が、彼女は意に反して。
「えー、いいわよ。私も少し休みたかったしねー。あと小説もかいておきたいから、あんたたちだけで行ってきなさいよ」
「いいのか?報酬も結構弾むみたいだぞ」
「あのねぇ、私はあんたと違って物壊したりしないの。そりゃ、家賃高いけど、大変なのはそれぐらいだし、この間からひっきりなしにクエストいったお陰で、結構貯まってたのよね。お金」
「そうなのか」
「そーなのよ。だから、私の事気にしなくていいわよー」
「なら、行ってくる」
「そういえば、どこに行くのよ」
 ギクリと肩を跳ねさせて背を伸ばしす。そのまま言って良いものだろうか。スティングと一緒にクエストだ、と。
 彼女は自分とスティングの仲を知らないはずだが、何となく言いたくなかった。詮索されそうで。いつも組んでいる仲間なのに隠し事とはなんだ、と気の強い妖精の女王には言われてしまうかもしれない。
「…わかんね。依頼主に合ってから分かるらしいんだけど」
 嘘では無かった。事実クエストボードに貼られていた依頼書には目的地は書いておらず。ただ、待ち合わせの場所が書かれていただけだった。ナツはルーシィに対して隠し事をすると言う罪悪感がほんの少しだけ頭をもたげたが、コレばっかりは仕方がないし、本当のことだし。
 バツが悪そうに俯きがちにいうと、ルーシィは納得したのかふぅん、と返事をしただけだった。
「そうなの。変な依頼主もいるものね。じゃ、気をつけてね?」
「おぅ!行ってくる」
「ハッピーにもよろしくねー!」
 ハッピーはというと、ナツを待っている間にばったりあった白いエクシードのシャルルと、ナツと同じ滅竜魔導士のコバルト色の髪の毛がなびく少女ウェンディに出くわし、ルーシィよりも夢中な一匹と彼女に話しかけていたのだった。
 ナツはルーシィのアパートを後にし、ハッピーの元へと行く。談笑している二匹と一人。端から見ると、微笑ましい光景だ。
「ハッピー」
 相棒の空色のエクシードがこちらを振り向き、大きく手を振っている。ナツは少し足早に、そちらへ向かった。
「あ、ナツぅ! 終わった?」
「あー。アイツ小説書くって」
「ふぅん。帰ってきたらみせてもーらおっ」
「じゃーな、行ってくる」
「アンタたち、気をつけなさいよ」
「行ってらっしゃいナツさんっ!」
 改めてシャルルとウェンディに見送られ、ナツとハッピーは駅へと向かった。
 まだ、今日は始まったばかりだ。

 相変わらずナツは汽車に、いや乗り物全般に弱いわけだが取り立てて今日は気持ちが悪い。なぜなら汽車に二時間、その後馬車に半日も揺られれば明朗快活なナツでさえ、夕方にはグロッキーになり口数も少なくなった。
 もちろん相棒はひどく心配したし、宿に着いて鍵を受け取るとベットに早々と倒れこんだ。
 指定された宿に泊まる事は、依頼書に書いてあった。そもそも、汽車の時刻の指定も、馬車の手配も全部されていたのだ。ここまで用意周到にされていると逆に気持ち悪い。いや、いま実際物理的に気持ち悪いのだが。
 胃液が揺れているような感覚に、吐き気を覚えるがおそらく出てはこないので暫く突っ伏したまま、安静にする。
 それを時々遮るかのように、スティングを思いだした。
 今頃、何をしているのだろうか。明日はスティングに会えるのだろうか。もしかしたら、スティングを通じた別の依頼主なのかもしれない。それは、それで嫌な気がする。依頼書をみた時から、ずっとスティングに会いたい気持ちがあった。
 暫く会っていなかったからかもしれない。彼の手紙を見たからかもしれない。何にせよ、明日会えなかったら、手紙で思い切り文句を垂れてやる、と心に誓う。
 閉じていた瞼をゆっくりとあけると、宿屋の干された真っ白いシーツが目に飛び込んでくる。
 白竜。そう呼ばれて久しい彼は、白い、というイメージはあまり自分にはない。可愛い後輩、といった方が近いし、後輩、とはいいつつも年上なので妙な関係だとも自分で思う。タメ口なくせに、頑なに外そうとしない敬称。外していいのに、と言うといつも嫌だと頑固に拒否する彼は、やっぱりかわいい後輩に思えてならない。ふふっ、とその時の事を思い出し、つい笑ってしまう。
 ナツ、と彼になら呼ばれるのも悪くないと思っている。あの、優しい声で、ナツ、と。ナツさん、と。やっぱりさんてつけるんじゃねぇか、と苦笑いをしながら笑いあう。
 そんな想像をして、再び瞼を閉じた。
 そこは、よく知っている闇が広がる。睡魔が徐々に襲いかかって、意識を深い底へと落としていった。

* * * * * 

 弾かれたようにパチリと目を開けた。昨日の突っ伏したまま眠っていたのでくんくん、と顔を埋めたままの布団の匂いを嗅ぐと湿気が少ない。窓を見ていないが外はおそらく快晴。いいクエスト日和だ。
 昨日はシャワーも浴びず、気持ち悪さからベットでそのまま眠ってしまい朝まで熟睡したが、そのおかげか身体は万全な状態に戻っていた。ハッピーは、と身体を起こし隣のベッドを見ると、きちんとした身なりで眠っている。
「ハッピー」
 起こしに行くと、眠たそうな目をこすりのろのろと上体を起こす。
「おはよー、ナツ」
「行くぞ」
 一言だけ声をかけて身支度をする。どこか緊張をしている自分がいる。取り立てて恥ずかしい事もあるまいし、と心の中で苦笑したが緊張は消えない。久々に、会うからだ。
 顔を合わせる事が怖いはずがない。いつも通りに接すれば大丈夫、と言い聞かせる。怖い、違う。高揚しているのだ。嬉しさからくる、気持ちの高ぶり。それからくる緊張感。うわ、ばっかみてぇとついに思わず表情に出して笑ってしまった。そうだ、嬉しいんだ。久々に会える事に自分もワクワクしている事に気が付く。
 こういった高揚感を味わうことはいつぶりだろうか。たとえばギルダーツに会ったとき、未だ見つからないイグニールに会えたとき。おそらくどれも当てはまらないだろう。恋ではない、からだ。
 スティングが明確に好き、だとはまだ何となく良く分からないが、会えるのはとても嬉しい。それだけは何一つ変わらない。
 宿からでて、街中を歩く。自分のギルドがあるマグノリアよりは小さいが、活気があり通りには露店が賑わっている。時折露店商に声をかけられ、軽口を叩いたり、眺めたりしつつ歩いていると待ち合わせの場所に指定された噴水が見える。淡黄色の髪がそよ風風に揺れている。自分にクエストを依頼してきた人物、スティングだ。まだ距離があるが、自分の視力ならはっきりとその姿が分かった。
「ナツさーん」
 彼も同じ滅竜魔導士なので、自分の顔がはっきり分かるのだろう。ナツの名前を呼びながらスティングが手を振っている。足下には臙脂色のエクシード、レクターも一緒で同じく此方に大きく手を振っていた。大股でそちらに向かうと、スティングが駆け寄ってきた。
 気が早い奴。
「ひ、……久しぶり」
「うん。いつぶりだっけ?」
「最後に会ったの、は……」
 必然と声色が硬い気がするのは恐らく気のせいではないと思う。
 思い出せないぐらい前ではないのに、思い出せない。おそらく一ヶ月ほど前のはずなのだが、最後になんと言って別れたか。思い出せないほど前だったか。ナツはぐるぐると記憶を辿ってみたが出てこない。思わず言葉が詰まってしまい、どう答えて良いか分からなくなる。
 スティングを見ると彼はいつもと変わらず口許に微笑みを絶やさない。そうしているのは彼が優しいからか、人当たりの良さそうな体を装っているからか。
 理由は分からないが、優しく笑う彼に申し訳なくなる。
「思い出せない?」
「うっ、」
「だよなぁ。オレも。結構前じゃねぇのに」
「……おぅ」
「依頼の内容確認しよ、ナツさん」
 小さく返事をして、そこで話題は終わった。
 気を取り直して今回の依頼の内容を二人と二匹で確認する。内容は至って簡単な内容で、近くの雑木林に花が咲いているのでそれを取ってきて欲しい、という依頼を元々の依頼主からスティングが請け、それの相手にナツを指名してきた。そこの理由はこれから聞く予定だが、スティング一人で出来る内容なのにどうして自分なんだか。
「報酬は? どうすんだよ。全然ねぇぞこれ」
「あー、ナツさんに全部あげる」
 えっ、と驚いて思わず依頼書から顔をあげてスティングを見る。彼は、それがまるで至極当然かの様な顔をしていた。
「いいからさ、いこっか。すぐそこなんだよね」
「……おー」
 腑に落ちない事が多々あったが、まずは依頼を終えることが優先だ。
 自分の胸元をハッピーの翼が横切る。

「お、これこれ」
「これなのか」
 陽の光があちらこちらに差し込んでいる雑木林の中に入る。元々の依頼主から地図を渡されたらしく、その地図を頼りに雑木林の奥へと入っていく。生憎モンスターはおらず、派手に暴れたいナツにとって物足りないものはあったが、たまにはいいだろと最後尾を歩く。前にはスティングとレクター、ハッピーが談笑しているのが見える。自分は輪に入らず、森の木々を眺めているばかりだった。
 太陽光が枝から差し込みいくつもの光の矢が立って、葉や苔の緑の匂いが鼻について回る。元々ドラゴンと一緒に暮らしていたナツにとって何処か懐かしい匂いで嫌いではない。
 あ、とレクターが声を出す。これじゃないですか、とスティングに尋ねると、スティングは依頼書にかかれている花と見比べて、確信へと変える。
 白い小さな花弁。ナツとハッピーもスティング達と一緒にのぞき込み、花をみた。花に疎く名前は知らないが、直感的にきれいだ、と思った。
 辺りを見渡すと、ここに二輪しか咲いていない様で隣に寄り添うように微風に揺れている。まるで夫婦だ。
 花に夫婦などあるのだろうか、と思ったがどうなんだろうか。スティングの顔をぼんやり見る。 こいつはそう言うことには詳しいのだろうか。付き合っているのに、そういう事は全然知らないという事実がナツの胸をさす。
 コイツのこと興味がないんじゃないだろうか。顔だけが、好きなんだろうか。
「ナツさん? どしたの」
「あ、っ……その、腹、減って」
しどろもどろ、ナツは答える。
「……そっか。じゃあ、昼にしよっか」
 特にスティングはナツを訝しむこともなく、笑顔で昼食を勧めた。クエストは既に終わっているし、太陽も昼食頃の位置にある。
 ナツたちは陽が多めに差し込んでいる場所へ移動し、大きめの切り株を見つける。背負ってきた荷物をおろし、それに腰をかけて各々が昼食を取り始めた。
  ナツとハッピーは来る前に用意しておいた自前のサンドイッチを、スティングとレクターもどうやら似たような物を食べている。誰が作ったんだろうか、なんて聞いたところで自分が落胆するだろう。自分で作った少し不格好なサンドイッチを眺めてため息をついた。そんなに器用ではないし、もし作ってくれる人がいるなら自分はいらない気がして聞く勇気が無かった。
 だが、聞きたいことは他にもある。ナツは食べていた物を嚥下して、口を一度引き締める。自分に勇気を持たせるためだ。
すぅ、と小さく息を吸い、躊躇いをもたず声を一息にして吐き出した。
「あのさ、」
 声が震えている気がする。気がつくだろうか。
目は合わせづらく、地面を見ながら口を開く。
「うん?」
「オレ、ちゃんとスティングのこと、好きだよな?」
「なんで今そんなこと聞くの」
 スティングがこちらを見ている気配がする。あくまでも気配で、確かではないが声の方向からの想像だ。表情までは分からない。
 というより、わかりたくない。
「なんか、分かんなくなって……好きなんだけど、お前のこと全然しらねぇっていうか、この花の名前お前知ってんの?」
「花? 関係なくね?」
「ないけど、そうじゃなくて」
 下唇を噛みしめる。
 自分は何が言いたいんだろう。好きだけど、どこが好きという具体的な所が分からない。そう直接言えばいいのに。彼のことだ、おそらくそっか、だけで終わるだろう。でも、そうじゃない。そうじゃないけど、彼を困らせたくない。好きなのに、どうしていいか分からない。
「ナツさん」
 スティングが改まって名前を呼んだ。さすがにコレは無視するわけにもいかず、下唇を噛むのをやめておずおずと顔を横に向けると、スティングが微笑んでこちらを見ていた。
 どうやら、怒ってはいないようだ。そりゃそうだ。怒るようなことは言っていない、と自分で自覚している。
 無意識の逆撫ではあるかもしれないが。
「……何だよ」
「今日ね、オレデートしたくて、この依頼の相手にナツさん指名したんだよ」
「へっ?」
 ナツは思わず拍子抜けした声を出してしまった。
 デート、って。クエストがデートってなんだそれ。とは、声になる前に間抜けな返事をしてしまう。
「最近全然会えねぇし、どうしたら会えっかなーと思って。あ、そっか、オレが妖精の尻尾に依頼、しかもナツさんに依頼しちゃえばいいんだって思ってさ。案外あっさり通るもんなんだな」
 ローグに小言言われるから何度も使えない手だけど、と彼は苦笑いして続けた。
「でさ、前にナツさんち行った時に、物が多くとってあったのを見て思いついたんだよ。思い出の品ってーの? ナツさん大事にとってあるから、そうすればオレのこといつでも思い出してくれるなーって」
「いつでも、って、お前しょっちゅう手紙、おれ、読みか……っ」
「え、」
「あっ」
バッと顔を勢いよくあげて言ったが、言ったが最後、墓穴を掘ってしまった事に気が付き、ナツは瞬時に顔が赤くなる。
「取っといてくれてんの?」
「っ…」
 図星で何もいえず、顔をスティングから背けて黙秘する。否定ではなく、コレは最早、肯定だ。
 恥ずかしさが針の筵になってナツを突き刺すが、スティングは勿論容赦なく止めをさした。
「ナツさん、えっ、それ、え?」
「っ女々しいって、思ってんだろっ…!」
「思ってねぇよ」
 急に真顔になって、真正面からナツは捕らえられる。すっと一瞬細められた視線にヒヤリとする。
 いつでも真剣に受け止めてくれるスティングの事だ。ちゃかしてるつもりは逸さし無いのだろう。自分の気持ちも、至極当然のように受け止めてくれたからの、声色。
 強い言葉で遮られたが、直ぐに柔和した。
「すっげぇ、嬉し。ナツさん、優しいね」
「優しく、ねぇっ! だってっ……」
 ナツは一度詰まった息を吐き出した。
 顔がスティングに向けられず、そのまま続ける。
「だって、オレ、お前のどこが好きかよく分かんなくて、顔だけだと思ってて、でも、」
「うん」
「なんか、訳わかんなくて、デートって言われたときに、嬉しくて、お前の事、好きだなって、っ」
「ナツさん」
 名前を呼ばれるのと同時に、抱き込まれた。彼の来ているジャケットのファーに顔が埋まり皮膚を擽る。心臓付近に耳が当たって、スティングの鼓動が聞こえる。心なしか、心拍数が早い。動かしづらい首を無理矢理上に上げると耳朶が赤くなっているスティングが見えた。
 あ、と思う。自分は今嬉しいんだ。好きで、いいのか。そんなことを言ったらおそらくスティングに怒られるだろうけど。好きでいられるという、その事実が自分にとっては嬉しかった。抱きしめられる、なんて男の自分からしてみたら気持ち悪い事かもしれない。
 それでも、嬉しいのは事実だ。
 自分も遠慮がちにスティングの背中に腕を回す。慎重は少し低いだけなのに、背中に腕が回らないのは体格の違いだろうか。悔しいけど、その抱きしめ返しているスティングに、愛おしさが増す。好きだ。この男が、とても、好き。
 もう一度ファーに顔を埋め、思い切り匂いを吸い込む。この匂いも、身体も、顔も、全てが、好き。
「……でぇきてるぅ」
「スティングくんも、ナツくんも、隅に置けませんねぇ、ハイ」
 昼食をとり終えて遠くで遊んでいた互いの相棒の声が自分達の足下からする。抱きしめ合っている二人は思わずそのまま顔を声のする方へ向けると、ハッピーは口を覆って含み笑いをし、レクターはやれやれと掌を空にむけて満更でもない顔をしている。
 恥ずかしさからナツが勢いよくスティングから離れたが、スティングはそのままでも良かったのに、と苦笑いをした。
 相棒に見られても彼は恥ずかしくないらしい。
「あ、これ。クエストの思い出としてとっといてよ」
 クエストでつみ取った花を差し出した。一輪は依頼主に、一輪はナツに、ということらしい。確かに、行ったクエストの思い出として何かを持ち帰りはするが、生花は流石にこれまで一度ももらったことは無く、どうやって保存してよいのか分からないので、少し困った。
 ナツは眉を寄せながらも、スティングの手から花を受け取る。
「枯れてもかよ」
「ルーシィさん辺りに、保存の方法聞いたら答えてくれるって」
「……とっとけってことか」
「デートの記念ってことで」
「あ、」
 ナツはここで思い出す。報酬の事だ。スティングは報酬はいらないといった。
 もしかしてコレが見返りなのだろうか。
「なぁ、報酬いらないって言ったの」
「うん。ナツさんとデート出来たらそれでいいと思って。だからさ、報酬もナツさんが持って帰っていーよ」
「さすがにそれはさ、お前が持ってけよ」
「どうして」
 スティングが、ナツの俯いている顔を横からのぞき込む。ナツはチラリと横目でスティングをみたが、視線を地面にすぐ戻した。
「……オレばっかり、貰ってばっかだし」
「嫌?」
「嫌っつーか、……半分ずつがいい」
 下唇の内側を軽く噛む。自分ばかりだ、と思った。自分ばかりが彼からもらっている。手紙も、感情も。
 全部、施されてばかりだ。
「思い出も?」
 小さくコクリと頷いた。
「そういうことなら、半分ずつ分けよ、ナツさん」
 そう言いながら目を細めて柔らかく笑うスティングに、ナツはまた、恋をした。
 同じ相手に何度も恋をするって、おそらくこういうことなんだな、と思いながら。

* * * * * 

 ギルドに帰ってくると、行きにクエストへ行くことを断ってきた相方、ルーシィが出迎えてくれた。
 どんなクエストだったか、を簡単に話しそのままミラジェーンのいるカウンターへと足を運ぼうとした時、ルーシィが目敏くナツの荷物にはとても似つかわしくない花を見つける。
 ナツには珍しく、丁寧に横のポケットに差してあったからだった。
「おかえりーあら、ナツ何その花」
「これ、……その、街の人にもらって」
 ぎくっと大きく背を伸ばし、視線をさまよわせながらルーシィの問いに答えた。
 不自然な回答に、ルーシィは少しツッコんだ質問をする。
「一輪だけ?」
「……お、おぅ」
 余計な詮索と、疑念の視線がナツを突き刺す。内心冷や汗をかきつつ、取りあえず相づちを打った。
「ふーん。綺麗ねぇ、ナツあんた花瓶持ってたっけ?」
「あの、さ、花瓶より」
「より?」
「長く、保存出来る、方がいいって……その」
 スティングから、聞いたらいいと言われた、だなんてとてもじゃないがいえない。
 だがその事が顔に出てしまっていたようで、真っ赤になりながら答えてしまったのをナツはまだ気が付かなかった。
「……まー、あんたの赤くなった顔に免じて何も詮索しないであげるわ」
 気が付いたのか、気が付かなかったかは分からないが星霊魔導士の少女は詮索せずにいてくれた。仲間だからか、それはどうか分からなかったが。
 盛大にため息を付かれたが、ルーシィは困った笑顔をナツに向け続けた。
 彼女は彼女なりに心配してくれてるんだろう。
「押し花にして、大切にしてやんなさいよね」
「……おー」
 押し隠すような恥ずかしさはさておき、保存方法をナツは尋ね、一通りメモをした。

 花はいつか枯れてしまう。そうならないように、ナツは大切に思い出として残して起きたかったのは他ならぬ、彼、スティングの為。
 ルーシィから教えて貰った通りに、雑ながらも押し花を作り、クエストの思い出として手紙の隣に、紙に張って、置いておく。
 いつでも彼の顔が思い出せるように、彼の、自分の名前を呼んで嬉しそうにする顔が思い浮かぶように。
 またすぐ来る逢瀬に思いを馳せながら、今日もナツはクエストへと向かっった。



貴方に花を、君に想いを