※メイビス主体のクリスマスイベントネタ
「これで最後の家か?」
「あいっ!」
マグノリア中の人々にクリスマスプレゼントを贈るという、とんでもない事を言い出した初代の思いつきにより、妖精の尻尾メンバーは全員かり出され、コスプレをしてプレゼントを配り歩くという一大イベントを開催した。
去年はギルド内だけのどんちゃん騒ぎだったが、初代の命令によって今年は流れ、さすがの五代目も初代の命令には逆らえないのと、泣かれるのには困るのでおとなしく聞くことにした。予算もさほど多くないこのギルドでプレゼントを考えた結果は300ジュエルほどのお菓子の詰め合わせにしようという結果になった。
当初反発の声があがったが、初代の意見だというと皆素直に従った。泣かれるとこちらも困ってしまうからだ。
そんな訳でギルドのメンバーはクリスマスということで絵本だけでしか見たことがないがっちりとした体躯の赤と白の衣装を着ている柔和な顔の老人の格好をすることとなった。
ただし女性はポンチョにスカートという、どこのコスプレだ、という条件付きだったが。
皆は一様に着替え、数日前に用意した菓子の詰め合わせを袋にいれていく。結構な量が袋の中に入り、男衆はそれを持ち上げて肩に担いだ。もちろん体格や年齢にも考慮はされている。
ナツはハッピーと組んで配るということになった。もちろん衣装を着て。
「じゃー終わったら現地解散ということで、行ってこい!」
マカロフのかけ声で一同は一斉に配りに出かける。道行く人に声をかける者、自分の魔法で引きつけ魅せる者、自分の前に自然に行列が出来配る者、とみなそれぞれのスタイルで配り始める。
「オレたちはどうする?」
「まずは家の近辺からはどうかな?」
「おー、それいいなハッピー!」
ということで、ナツたちは近所中を渡り歩いて配り歩く。ナツといえば昔からやんちゃしており、顔だけは無駄に広く呼び鈴を鳴らして姿を見せると皆笑顔で出迎えてくれる。お菓子やら、お茶やら、おしゃべりやらをし先ほど一番最後の家を配り終わったのが、日もとっぷり暮れてしまい夜になってしまった。
一つだけ残ってしまったのは計算外だったが、菓子の袋をポケットに詰め込んだ。
特に帰ってすることもなかったので、精霊魔導士の少女でも誘って、その少女の家でパーティーでもしないかと持ちかけようと思い、町を歩く。
すっかり雪化粧されている町は家に明かりがともり暖かな雰囲気を醸し出している。
父がいて、母がいて、子供がいる。自分には要請の尻尾というギルドがあるが、それとはまた違った、アルザックとビスカとアスカのような家庭に、どことなく羨望を覚える。
自分の父は今、どこなのだろうか。不意に寂しくなった。
「イグニール…」
「ナツ?どしたの?」
「あ、いや、なんでもねぇよ」
ハッピーが心配そうにコチラに顔を向けて浮遊している。そうだ、今の自分にはハッピーという大切な相棒がいるではないか。そして、妖精の尻尾という家族がいるではないか。ナツはそう思い、顔を上げて笑顔を作った。
「ほら、ルーシ」
「ナツさーん!」
えっ、と普段から顔を合わせない人物の声がしその声がした方向に顔を向ける。ハッピーも驚いたようで、一緒に顔を振り向けた。
「スティング?!」
「やー、ナツさんに会いに来たくてきちゃった」
「来ちゃった、って、お前な…」
「だって、ナツさん、あ」
「なんだよ」
「その格好すげーかわいい」
こいつは一体何を言い出すんだ、と自分の格好を改めて見る。いつもとは異なった装いで、赤の.ニット生地にフチには白いファーがあしらわれているベストとハーフパンツ、おそろいのブーツに頭にはご丁寧に帽子までかぶっている。
ブーツには男性には似合わない白い毛糸のポンポンがついている。そもそもポンポンという言葉が不釣り合いなのに、それを軽々と着こなしているナツは一体。
「オイラお邪魔みたいだからルーシィのとこ行くね」
「ちょ、おいハッピー!」
言うが先にハッピーは白い翼で飛んで行ってしまい、青い背中は暗闇に溶けていってしまった。
「お前のせいだ、スティング」
「いいじゃん。オレ、ナツさんと二人っきりになれてすげぇ嬉しい。オレのためにコスプレしてくれてんの?とんだクリスマスプレゼント」
「んなわけねぇだろ馬鹿!」
自分がなぜこのような格好をしているのか、経緯を簡単にだけ説明すると、スティングは納得したのかしてないのかふぅん、と言うだけだった。
「なら、ナツさんのそんな格好が見れたオレはラッキーってことだ」
「そうなんのか?」
「そうなるな」
よく分からない理屈だが一応ナツは納得する。
この後どうしようかな、と考える。先ほどまでは精霊魔導士の少女の家に押しかけることを目的としていたが今は別の来訪者により、その予定は流れてしまった。自宅で何かするのには準備があまりにもなされていないし、この格好で外食というのもあまり気が向かない。
ナツは一人でううーんとうなっていると、スティングは見透かしたかのように声を掛けてきた。
「ナツさん、どこ行くか、まよってんの?」
「おおっ、よく分かったな」
「ナツさんの考えることぐらい分かるって」
「なんかむかつくなー」
「まーまー、ならさ、オレ行きたいところあるんだけど」
そう言って、冷たくなった手を取られざくざくと車の通らない雪道を歩き始める。
しんしんと雪だけが積もっていく街路を大股で歩くスティングについて行くのが必死で途中で小走りになってしまう。
どこに行くか検討が全くつかないナツは、握る手が温かくなっていくことだけに集中した。
スティングとナツが付き合いだしたのはつい最近のことだった。スティングの憧れはいつの間にか恋愛としての好きと言う方向にこじれ始めたのはいつだったか、スティングは気がつくとナツに好きです、付き合って下さいと告白していた。
その行動にナツも驚いて思わず頷いてしまうと言う展開を向かえたがその後は順調にデートを重ね、キスまではした。しかし、その先はまだしておらず、お互いに未知の世界だったがスティングは今日という日を使わない手はないと思い、行動を取った。そして今に至るのである。
「ここなんですけど」
「はぁ?」
二人は暫く歩き、町の外れまでやってきたナツとスティングは漸く目的地を発見しその目の前で立ち止まる。そこは、恋人達御用達の場所。ナツでも眉をひそめるぐらいには何をする場所か分かってる。そう、ラブホテルだ。
「あのよー、お前そういうことしか考えてねぇのかよ」
「そりゃあ健全な成人男性だし。好きな人とは一緒にいたいでしょ」
「いや、うん、えーっと」
そういうことが言いたいわけでは無い。しかし、スティングの言っていることも事実。実際自分だって恋人と一緒に過ごしたいという気持ちは少なからず持っている。
そういえば、と会ってすぐに握られた手を離そうと意外に強く握られていることが分かる。そして、意外にも少し震えているのが分かってしまった。
ナツはスティングの表情を読もうと思わず顔を上げた。顔を上げた先のスティングは、特に隠すこともなく、へらりと気の抜けた笑い顔をよこして来ただけ。
「こうやって誘うの、ナツさんぐらいなんだぜ?知ってる?」
「えっ」
スティングがとんでもない告白をさらりと言ってのけ、ナツは瞬時に顔が赤くなる。なんでも自分に直球にものを言ってくるスティングを分かっていたのだが、こうも真っ直ぐ言われてしまうとなんと言い返していいか分からなくなる。期待していた、そんな言葉がとっさに出てくるほどナツは恋愛経験があるわけでもなく、押し黙ってしまった。
「ナツさん」
「…んだよ」
「しよっか」
それは普通中に入ってからいうもんだろ、と思わず吹き出してしまったナツは、スティングに困ったような笑顔を向け、先ほどのスティングの問いかけに頷いた。
「あ、そうだ」
「何」
「メリークリスマス、スティング!これやるよ!」
一つだけ余ってしまった菓子を思い出し、スティングに満面の笑みで差し出す。
スティングは予想だにしなかったナツの行動に瞠目し差し出された菓子を有難く受け取ると、ナツに顔を近づけて軽く頬にキスを一つ向けた。
「ありがとうナツさん、シた後一緒に食べよ」
「お前なぁ」
スティングの物言いに苦笑いしか出てこず、ムードもくそもあったものではなかったが。ナツにもスティングにも、忘れられない日になることだけは確かなようである。
スティナツお幸せに!