「飛信隊信を、スか?」
「ああ」
「分かりました」
そういって軍の伝者にあれが居るであろう場所をいくつか告げ、数刻前に馬で走らせた。以前に調べさせたことがあり、住処は知っているがわざわざ自分が赴くわけではないし、伝えたらなぜ自分に呼ばれているかはもう相手は分かっているだろう。
桓騎は邸第の庭園にある椅子に腰掛け酒を煽っていた。すこぶる快晴で風も心地よく頬に当たる。一人で思案する際にこの庭園を眺め、酒を煽るのはある一種の趣味に近いかもしれない。
陶器に装飾された青銅に親指を添えて文様をなぞる。水鳥らしき動物が描かれているこの器はたしか遠征中の途中にあった邑で略奪したものだった気がするが、さも当然のように行軍時には幾つも行うのですでに覚えていない。暴虐非道と恐れられ、残虐な行為に怯えられ、半端者には崇められ。どれもさほど興味がない。それはあくまでも過程にしかすぎないのだから。結論を追い求めて、この先を独りで進んでいく。
思考の海に沈みかけようとし、ふと視線を外塀の入り口をみると、叫き立てる声が遠くからでも嫌というぐらい耳につき、自然と口角を少し釣り上げた。意中の人物がここへ到着したようだ。
「お頭ー」
自軍で徹底された呼び名を言いながら入ってきた伝者は入り口を大股でこちらへやってくる。体格の良い相手に抱えられ連れてきた相手は幼虫のように腕から逃れようと胴体を左右に動かし腕から逃れようとしているが、一筋縄で抜け出せるようなでは当然なかった。
伝者が脇を広げ無遠慮に自分の前でそれを落とす。急に身体の支えがなくなったそれはわ、と間抜けな声を出し石畳に腕をついて辛うじて頭から落ちることを拒否していた。
「よぉ、相変わらず遅ェな。俺を待たせんな、クソ下僕」
「……ここまでどんだけあると思ってんだ」
自分の視線の先に四つん這いになっているこれの名前は知っている。しかし、敢えて呼ばない。己より格下を相手する際に名前を呼んでやる必要はあるのだろうか。もう一口酒を煽り、机上に置いて組んでいた足を地に着ける。改めて目の前に置かれたそれと対峙すると、睨み付けているその視線と絡み合った。
「暴れるから遅くなんだろ」
「こっちは来たくて来てる訳じゃねェ」
これの反抗心が剥き出しでこちらに噛みついてくるのが面白く、顎に手を掛け頬杖を作る。目を細め、改めてこれの顔を舐め回すように見やる。つり上がった細い眉、自分の意思を色濃く反映させてる力強い双眸、形が良いと思われる鼻筋に納得がいかなさそうに唇を突き出している薄い唇。桓騎が抱えており数居る娼婦に比べても取り立てて容姿が良いわけでは無い。一度だけ呼び立てある程度陵辱して恫喝しておけば後々の材料として仕え、その一回だけで良いものを今日で五回目だ。桓騎は自分でも何故この目の前の男を片手で数えられてしまう数ほど呼んでいるのかが全く分からなかった。当然戦がない間は暇を持て余していたり、女と遊び飽きたりという理由もないわけではなかった。ならば目の届かない辺境の地へ行き劫掠等を行う、また新しい娼婦を増やすという行動も起こし得たはずなのに、眼前の男がそれ以上に無様で愉快で久々に面白いものを見つけたという、新たな玩具を手に入れて機嫌が良いという感情が浮かび上がる。
手のひらと膝についた小石を払いのけ、これが起ち上がり腕組みをしながらこちらをねめつけている。裏を返せば痺れを切らして今にも逃げ出す算段を企てているのが手に取るように分かった。愚直とも言えるその態度はまだ青いという事だろう。
「いつまで突っ立ってんだ。行くぞ」
「は? どこに」
腰を上げ椅子から起ち上がり膝を自分が行く方へ向けると、何をするか分からないと言った顔でこちらに疑問を投げかけてくるこれと視線が合う。ここに来て片手で数えられる回数を既に来ているのにも関わらず、何をするのかも分かっていないこれに笑いがこみ上げる。相当な間抜けか、いつまでも未通のつもりでいるのか。これの場合はそのどちらもあるかもしれない。視線を外し、背を向けて邸第へと進む。慌てた声が後ろから聞こえてきたが気にせず奥へと進んでいく。
いくつか室があり、一つをこれと交接をする時に使用すると決めていた。どういった経緯かは覚えていない。使われていない室があり、その後もそこで行うようになった。扉に手をかけ開けると、陽光が差し込まれて褥が照らされている寝床が目に入る。他には質素な作りの椅子と机、簡易的な腰の高さまである棚のみとなっている。特に飾っておく必要はなく、これと交尾を行うのであれば何でも良い。
後ろから着いてきたこれの腕を無言で引っ張り、寝台の上に転がす。起き上がらないように、腕を掴んだまま乗り上げ、掴んでいた腕を離し今度は首脇に両手を突いた。結わえている髪が下へ落ち、これに自然と影を作る。
「んだよこれ」
「何度目だと思ってんだ。抱くっつてんだろ」
「ふざけんな。誰がテメェなんかに抱かれるか」
これの目が鋭く睨み付けてくる。身体に触れようと突いていた片手を外し襟から手を入れようとしたが、空いた方の腕を使い手首を掴まれ阻止された。この期に及んでこういった関係を認めていないこれは、どうにも己の態度が気に食わないらしく、手首に力が籠もり跡がつきそうなほど締め上げられる。仮にも三千人将のこれがか弱い力のはずがない。
黙って抱かれていればいいものを。他の女は手を出せば直ぐに身体を開くが、この男だけは違った。常に反抗心を持ち合わせ、いつだって挑発的な視線を投げかけてくる。絶対に間違っているという反論を隠さない、身の回りに誰一人としていない人間だった。
「言っただろ。やりたい事はなんでもやるって」
「やりたいってそういうことかよっ……!」
含意とはおそらく違う意味でとられたであろう言葉に手首を掴んでいたこれの手が一瞬弱まる。その隙を見逃さず襤褸服で隠されている肌へと手を滑らせた。直接触れられる刺激に驚いたのか、身体が大げさに震える。下に敷いているこれが慌てて両手を使い自分の肌に触れている腕を静止しようとしているが、眼中になかった。脇腹に這わせていた手は胸へとゆっくり登っていく。いくら傷が多いとはいえ、己より幾分若く水分を多く含んだその肌が手に吸いついてくる。静止しようとしていた両手は所在が見つからず力なく褥の上へと降ろされた。
「……いつか絶対殺してやる」
自分では鋭くしているであろう眼孔がむしろ痛々しく思える。負け惜しみともとれるその言葉が耳に届き、満足げに口角をあげた。愛など恋などくだらない感情は目に見えて縮減あるいは減殺していくが、憎悪は増幅される一方だ。減ることはあっても、肝胆では小さく燻っていることだって間々ある。だから火を注ぐのは厭悪の方が容易いし、恨まれる方が遙かに気楽だった。
桓騎は組み敷いてるこれの双眸に視線を絡ませる。これの眼の奥の感情は読みとれなかったが、少なくとも歓喜や楽観の類ではないだろう。それでいい。それがいい。
桓騎は乾いた唇に舌舐めずりをした。己とは正反対の感情と欲望を持つ獣。これが美味でないはずがない。
「いいぜ、その日を楽しみにしといてやる」
首元に顔を埋め首筋に舌を這わせる。噛みつくように顔を埋め、這わせていた手で左襟から襤褸服を剥いてやる。
この下僕に首を跳ねられるのも、恐らく悪くない。