今日も手酷く抱いた。
 桓騎はそれを無論反省などせず、息も絶え絶えになっている相手を転がし鎮めていた腸壁から陰茎を抜去した。子宮がない男の身体は呑み込まれていかない白濁が菊座から溢れ出し、収縮を繰り返しながら名残惜しそうに括約筋を蠢かせた。その様子を覚めた目で眺めながら寝台の縁に足をかけ、顔を室へ向ける。戦へ行く度に道すがら小さな邑を襲い強奪してきた調度品が飾られ、飾り文様が入った几や棚が隅へ追いやられている。寝に帰り、女を抱くためだけに作られている室だが存外悪くはないと改めて桓騎は思った。
 自身の背後で寝転がしている男を肩越しからみるとすでに限界だったのか寝息を立てて音もなく寝入っていた。あれだけ喘がせ、精を吐かせれば嫌でもって眠気は襲ってくる。どんなに体力がある男でもだ。無尽蔵ではない精は最後尽きはて、透明な汁も出さず空のまま幾度も絶頂を迎え、名を呼び首を振りかぶりながら止めてくれと懇願したが、逆効果だとまだ学習はしていなかった。勿論、桓騎から言うことはまずない。
 規則正しく胸が上下しているのが見える。既に微睡みを超え、深い眠りに落ちていっている男に桓騎は膝に置いていた手を上げ静かに伸ばした。腕に触れるのを確認してから改めて上体を男に向ける。確かめるように力の入っていない筋肉を指先でそっとなぞり交情の時とはまた異なった肌の感触を楽しむ。汗ばんでいた肌は既に乾き、きめ細かく健康的に焼けている皮膚は桓騎の乾燥した指先でも吸い着きそうになり、指先にほんの少しだけ力を入れ皮膚の弾力を吟味してみる。押し返され指だけでは痕のつかない肌を見るなり、桓騎は悪戯心が頭をもたげた。
 下肢を寝台に乗り上げ、軋んだ音を立てながら男の身体へと近づく。遊んでいた指は手首を掴み、力の入っていない腕をあげさせる。無駄な肉がついておらず、発達中の筋肉の腕はそれなりに重いが、桓騎には関係がなく容易く持ち上げ、桓騎自身の身を男の身体へと寄せる。再び近付いて嫌がる素振りはまるでなく、本格的に寝入ったようだった。
 上体を低くし男の胸元へ顔を近づけて、鼻から空気を取り込む。必然的に男の体臭と先ほどまでの精の匂いが桓騎の身体に取り込まれ、その匂いを幾らか愉しんでみる。肉料理は食べているようだが、そこまで酷い臭いではなく埃と土の匂いが強く入り混じる。しかし一度湯浴みをしているのでその鱗片は落ち着いており、それよりも先ほどの交接で吐き出した精液の臭いが色濃く残っていた。
 さらりとした胸肌に吸い寄せられるように唇を寄せ、触れるだけの口づけを落とす。痕がつくはずもなく、摩擦音だけが室に響き渡る。
「んっ……」
 小さく身動ぎをしたが、そのまま再び寝入ってしまったようで嫌がる素振りはない。桓騎は視線で確認だけすると、もう一度胸脇へと口を吸い寄せた。ちゅ、と小さな音がまた一つ聞こえ唇を離す。相変わらず寝顔を晒し小さく息を吐いては吸うを繰り返している男の顔を確認する。既に二十は越えているであろう男は未だあどけなさが残り、これから男としての最盛期を迎えるのかと思うと僅かに桓騎の胸が弾んだ。自軍の兵や、愛していた女、砂鬼の面々とはまた違った感情が湧き上がる。何に近いと問われても恐らくまだ答えは出せない、としか言いようがない形容しがたい心情はどこからきているのか、どうしてこの男に抱くのか、桓騎自身も分からないままだった。
 嫌がられないのなら続けるまで、と思い桓騎は男の手首を持ち上げながら男の身体に再度またがる。先ほどまでのように深く結合するつもりは毛頭ないが、この体制が一番好き勝手しやすいので遠慮はしなかった。上体を倒し、体重をかけないよう反対の腕で自身の身体を支える。発達した筋は容易く身体の言うことを聞いていた。
 胸脇に落とした唇は、今度は胸の前面に移り胸骨にそって下から上へと落としていく。痕をつけても良かったが、上半身は男の隊の者に目ざとく見つけだされ問われるのもそれはそれで一興だったが、今はそう言った気分にはならず、男だけがつけられた痕を見つけて慌てふためいた姿を想像するほうがよっぽど面白いと思った。
 触れるだけの口づけを胸の部分からゆっくりへそへと降りてゆく。溝がついている腹筋の溝へと唇を触れさせながら、時折小さな面積を口で吸う。すると鬱血痕が焼けていない素肌に散りばめられ、その数を増やしていった。
 膝を滑らせ器用に下半身へと移っていく。口づけする際に目線だけを上げ、男を確認すると身動ぎせず腕を上げながら眠っている。余程体力を使ったのか、上下させる胸だけが視界を隠した。下の腹筋の溝に接触音だけを立てながらさらに下って行く。鼠径部の薄い皮膚にたどり着くと指の腹で一度撫でそれから顔を近づけた。男が自身で身体を拭き上げたとはいえ精の臭いが色濃く残っている。雑としか言えない自分の身体の扱いはやはり男という性がそうさせるのかもしれない。
 桓騎はまた顔を近づけ、皮膚が一番薄くなる場所へと唇を当てる。舌先を前歯と共に男の肌に押し当て、舌に力を入れて皮膚を吸う。一瞬の出来事だが、それだけで赤く虫さされのような鬱血痕が散らされた。
 閉じられそうになる片側の足を持ち上げながら、足の付け根から陰茎付近まで近づき、柔く薄い肌を吸いながら痕をつける。
「ん……?」
 身じろいだ時とは違う声が男から上がった。口づけを落としていた股間から首を伸ばし男の様子を窺うと、寝ぼけながら違和を感じている脚へと視線がうつされた。眠い目をこすっているのは完全に覚醒していない様子が見て取れる。
「よお」
 桓騎は声だけかけると、男へこれ見よがしに膝裏を持ちあげながら先ほどまで口で吸っていた付け根を、もう一度吸い上げた。男から痛いとも驚いたとも取れる母音が短く飛び出し、足を引こうとしたが桓騎はそれを押さえつけて阻止をする。
「んなっ……?! おま、もうしないって……?!」「だからこうして痕つけて、遊んでやってんじゃねェか」
 意識が戻り抗議の声を上げた男に対して、桓騎は喉奥で低く笑い、摩擦音を立てて唇を落とす。その僅かな感覚を拾い上げたのか、小さく吐息がこぼれてから男の腰が僅かに揺れ動いた。
「んっ、っ……やめろって、……着替えた時に見つかったらどう言い訳すんだよ」
「バレるようなとこにつけてもつまんねェだろ」
 適当に誤魔化せば恐らくそれ以上は追及されないような関係を築いている男は、怪訝そうに桓騎の顔を見ているが桓騎はなにも答えず、陰嚢と鼠径部の間に口を寄せ再び吸った。赤黒く色づくそこは、陰茎を刺激し、菊座を解した時にふっくらと盛り上がる時と同じ色をしている。血の巡りが良くなるのは一緒で吸い上げた場所に触れないかぐらいの距離で指の腹を沿わせた。つ、となで上げ、上半身を起こす。今度は手で膝裏を持ち上げていた方の内腿に顔を近づけ、一番柔らかい場所へと頬を寄せた。毛が生えておらず、また一番陽の光に当たらない内は男が持つ本来の地肌の白い色は爪を立てたらすぐさま赤が目立つような、きめ細やかな肌をしていた。
 首を伸ばし、改めて男と視線を交える。不安げな色が浮かべる男の顔を知っている者は国王ぐらいかもしれない、と桓騎は口角を僅かに上げた。
「ここなら、見えねェだろうが」
 それだけ言うと桓騎は唇を内腿に押し当て、わざとらしく接触音を鳴らし男の腿へと角度を何度も変えながら痕を散らしていく。
 皮膚が薄いのか、内腿への感覚が刺激的なのかは分からないが唇を落とす度に逃れようとする男の腰をつかみ、口淫をするかのごとく白い腿へと刺激を与えていく。快楽には素直すぎる男の陰茎は力無く垂れ下がっていたのが、いつの間にか緩く勃起をし始めており芯を持ち始めていた。年齢の違いもあるのか、桓騎の自身は反応を見せていない。そもそもこの悪戯は遊びでしかなく、反応をするようなものではないと思っていたので、しっかりと性器が応じてしまった男に思わず含み笑いを漏らした。
「笑うなっ、そもそもテメェがこんな、ことするからだろうが!」
「……そうだな」
 どんなに些細な事でも桓騎自身に対して意地を張る男に、いつもと違った欲が一瞬溢れ出したのを桓騎はすぐさま感じ取った。それを顔に一つも出さず、男の内腿を今まで以上に強く、吸い上げた。この痕が黄色くなる頃には再び呼びつけようと決め、内腿から顔を離し持ち上げていた膝裏の手を離して、桓騎は寝台から降りた。
あれは独占欲の証だ。誰のものにもならない、誰にでも好かれるこの男へのあまりにも幼稚過ぎる消えていく、欲。