※本番はなしです
趙北部を攻めてから、秦に帰る命が全く下されなかった。寝泊まりするのには落城させた城内か外の城に逃げ込んでいる民の家の寝台を勝手に拝借していた。
信はまだ将軍では無かったが飛信隊の隊長ということもあり、城内の室をあてがわれた。最初のうちは快適に過ごせたものの、次第に襤褸小屋のような自宅が恋しいと思うようになっていた。
陽が昇り始める前に戦場へ出て兵を固め、昇るのと同時に攻防が始まる。陽が落ちたら城へ帰り明日の軍議をし、泥のように眠る。時折他の軍の将軍たちも交えて軍議を行ったりもするので、睡眠時間はあってないようなものだった。眠れる時に寝る。それが徐々に板についてきたようだった。
そんなある時、珍しく趙前線の隊が一旦引き上げられ、昼過ぎ頃城へ戻ってこれた。水を浴び、一眠りしてから夕餉、それから軍議と続く。陽の明るいうちに戻っても特にやることは見つからないように思う。
信は疲れきった身体をまずは休めようと皆と別れてから力無く室へと戻る。まさに寝る為だけにあるような簡素な造りの寝台と、咸陽から時折送られてくる指令の書簡を読むためだけに使われる几と腰掛け。それと燭台と飲み水が入っている青銅器の甕だけだった。胴につけている具足を取り外し床に置く。何が合っても良いように手足の武具はそのままにしておき、寝台の縁へと腰を落ち着けた。
先の見えない勝利にどうしても焦りが募る。己のみが前線に立ち戦っても勝ち目が無いことは知っている。だからこそ歯がゆく、幾人も討ち取って秦国王の目指すべき悲願への第一歩を踏み出せたら、と手のひらの中を眺めながら拳を作る。
細かい傷が目立ち、小石や砂で擦り切れて所々血が滲んでいる。傷が治ることなく戦場へ赴かなければならない日々に信はどうしようもなく、充足を感じているのもまた事実だった。
そのまま寝台へと倒れ込む。腕を緩く広げながら天井の白い漆喰と漆で塗られた梁と柱が目に入り、そのまま閉じた。
興奮していた心は徐々に落ち着いていくが、内に熱を保ったままの身体はここぞとばかりに怒張し、下履きを押し上げているのが分かった。信ははぁ、とあからさまに大きなため息をつき生理現象とは言え遠慮をしらない愚息に叱咤したくなるが出す物を出さないことにはすっきりしないのもまた事実だ。
「……抜くしかねェか」
信も将である前に一人の人間である。五千人以上の兵をまとめているもののその前にまずは健康的な青年であり性欲も勿論持ち合わせていた。
鍵のかけられない室の扉はいつ誰が尋ねてきてもおかしくはないのでささっと済ませる為に、信は青い襤褸服の帯をくつろげ、下履きの紐に手を添える。腹の前の結び目をほどき、布巾になっている麻布が寝台へと落ちる。亀頭は上を向き、裏筋や幹は血管が浮き出るほど硬く反応を示していた。睾丸の中の子種が今にも吹き出しそうなほど渦巻いているのが良くわかる。肉茎に手のひらを沿わせ、そのまま剥かれた皮を扱き上げると激痛にも似た快楽が脳天を直撃し、信は途端に夢中になりながら手を上下させる。半端に硬くなっていた男根は完全に勃ちあがり、手のひらに押し当てながら扱いていく。先走りが腹筋の溝に垂れ落ちそれさえももったいなく思い指の腹で掬って雁首に塗り広げる。ぬるりとした感触が更なる快楽を呼び寄せ、今度はくびれの部分を爪先で引っかくようにかりかりと細かく指を爪弾く。水掻きの如く皮膚同士がくっついている部分をなぞりあげると、頭が白くなり足の指が自然と丸まった。
あと少しのところで出る。そう思い、信は最後の追い込みをかけようと亀頭を再度手のひらで包み手を無我夢中で扱いたが、なぜか先ほどまであんなにも焦がれていた射精欲は徐々に削がれてしまいただ手のひらを上下させ、何かを追い求める仕草をしていると頭が冷えてくる。陰茎は萎えてはいないので、身体は反応をしているが、精神が追いついてこない。信は奇妙な感覚に包まれ、一度手を離し寝台に両手をついて上半身を持ち上げた。確かに愚息は硬いままで、扱けば透明な汁も出している。ただ、何かが足らないような気がして、手を止めてしまった。流石にこのままだと強襲された時に直ぐに助けに行くことが出来ない。
再び上半身を寝そべらせ、出すだけ出してしまおうと手早く処理した。口を閉じ、息を詰めながら精を吐き出すと勢いはなく、とぷとぷと数回に渡り白い子種が溢れだす。几の上にあった麻布をひっつかみ乱暴に亀頭を拭いてからくしゃくしゃに丸めて寝台の上に放り投げる。不意に、あの男の手はこんなものじゃない、という考えが心ともなく頭を掠めた。
「あ……?」
もたげた思考に思わず独り言が出てしまう。いつの間にか比べていた手のひらの熱さ、そして皮の分厚さ、指使いと耳に吹きかけてくる吐息をありありと思い描く。既に一度出してしまった肉茎は硬度は保っているものの、これから力が徐々に抜け仕舞われている大きさに戻ってしまうのはわかっている。それでも物足りなさを感じているのは、どう考えても頭によぎった男の手のひらとしか考えられない。
頭を振り払い脳裏に浮かべられている不適な笑みをたたえた男が喉の奥で低く笑われたような気がして、信は顔を赤くさせる。
室には自分しかいないというのに、慌てふためくなんて。寝台に拳を打ちつけ妄想の中の人物を霧散させていくが、一向に消えてくれない。
寝台の隅に追いやられていた下履きを手にし紐を結ぶ。胡服に足を通していると扉の枢が開き慌てて両足を通す。これがもし河了貂や羌瘣、礼と言った性別が違う者なら一溜まりもない。入るぞ、と声をかけてきた人物は低い男の声がし、信は内心で胸をなで下ろした。
「明日の編成の事で……って何してんだ信」
「おー」
左耳の前に三つ編みをした、信よりも少しだけ年上の男、我呂が室へと足を踏み入れる。澱んだ空気に眉をしかめながら後ろ手で扉を閉めた。信は寝台の縁に腰掛け、小さく笑い軽く片手をあげ男へと挨拶する。城内の街道に作られている幕舎にいる彼が自分を尋ねてくるのは珍しいと思い、信は口を開いた。
「どうかしたのか?」
「河了貂とすれ違って信を呼んでこいとよ」
「軍議か。わかった」
「お前、その臭いで出てくのやめろよ。すぐ分かるぞ」
窓がない室に立ち込められた臭味は同性として直ぐに分かったらしく、精子特有の臭いを我呂に指摘され、信は背を跳ねさせる。生理現象であったため、出したことに対して咎められたわけではなかったがどうしても気まずい空気が漂っていた。口を開けない信に見かねたのか我呂が大きくため息をついて、こちらまで歩み寄ってくる。
「隊長だろうがすんなとは言わないけどよ、女の前に出ること忘れてんじゃねェよ」
「煩ェ。……あのよ、聞きてェことがあんだけど」
「何だよ、改まって」
信の目の前で立ち止まり、腕を組みながら見下ろされる。信は必然的に顔をあげ、我呂へ見上げる形を取りながら浮かんでいた疑問を我呂に尋ねた。
我呂は小首を傾げ、聞く耳を持ってくれたようで信はゆっくりと話し出す。
「その……す、する時によ、気分がどーしても、っどーしてもな、乗らない時ってねェか?」
「一人でする時かよ」
「ああ」
「俺はさっさと寝ちまうかな」
我呂は茶化さず真面目に取り合ってくれる。その目論見は間違っていなかった。尾平たちでも良かっただろうが、顔を合わせているのが長い分そういった下半身事情には人一倍興味を持たれるらしく、尋ねたところでからかわれて終わるだろうと踏んでいたので、我呂が室へ訪れてくれたことに胸中だけで感謝をし、信は我呂へ視線を合わせようと真剣に話を聞いていた。
返ってきた答えは案の定予想通りのものだったが、やはりそう言うものなのかという納得も半ばあった。誰にでも気分が乗らないことはある、信だけの話ではなく一旦は安堵したがそれでもまだ疑問は解消されない。
「でもよ、あれが」
「あれ? ああ、隠根のことか」
生殖器の名前を出さず、なんとかやり過ごそうと思ったが平気で口に出す我呂の顔を思わず凝視するが、元々いた麃公軍で良くやりとりがあったのだろう。何一つ隠さず出てきた名前に、信は視線が合うなりさっと顔を俯かせた。
「まー、ずっと勃ったままはあるわな」
「だろ? そういう時はどうすんだよ」
「俺は女を買った時の事を思い出して、さっさと出しちまう」
途端に信の顔が曇った。女を買うのくだりではなく、思い出してのところに引っかかりを覚えた。我呂が女を抱くのは普通だ。なら自分は、と自答したところで答えは一つしかない。想っている女の知らない肌の滑らかさや白さを思い浮かべるのではなく、事実抱かれている男の手や指使いを思い出すなんて到底言えない。
信は奥歯を噛みしめながら、自然と刷り込まれてしまっている快楽とありありと想像出来てしまう男の指を憎らしく思った。つまりあの男を思い浮かべてしまうのは自然なことであり、他から見れば異様かもしれないが身体の反応としては至極真っ当だと言うことが分かってしまった。
「……そうか」
「ん。分かったら、さっさと行くぞ」
我呂は何も悪くない。膝の上に置いていた手のひらを握り締める。籠もっていた臭いが徐々に慣れていきつつあるがそろそろ他の誰かが来てもおかしくはない。腰をゆるゆるとあげおいていた具足を身につける。こんな顔をしていたら、他の者が心配するに違いない。両手で両頬を自分で叩き、乾いた音が室に響くと我呂が突然どうした、と声をかけた。
今一度気を引き締めて我呂に向き直る。
「んでもねェ。変なこと聞いてごめんな」
「変なのはいつものことだから気にしてねェよ。ま、何かあればまた相談に乗るぜ」
軽口を叩く我呂に苦笑し、我呂が軽く手を振りながら戸を開けて室を出て行く。その後ろを遅れてついて行くように信も室を後にした。結局はあの男に会わなくてはいけないのか。苦虫を噛み締めたように眉間に皺を寄せながら、軍議の後の行動を思索し続ける。
軍師河了貂と副長格たちとの軍議が終わり、信はここのところ睡眠時間が短かったから早く寝ると皆に伝え、そそくさと堂から出ると足早に割り当てられた室ではなく、仲間の目をかいくぐって城から出た。桓騎軍はここから十数里先の場所を拠点とし、飛信隊とは持ち場が違う前線で攻防をしている。毎日は顔を合わせたりしない。が、時々桓騎軍の伝令に来いと呼び出され夜が深まっている刻にも関わらず、抱かれることがしばしばあった。お互い忙しい身なので黒羊丘の後程時間をかけられるはずもなくさっと処理して終わることのほうが圧倒的に多かった。
桓騎軍はこの長期戦でも女を持ち込んでいる。略奪が出来ない分、兵の欲も溜まるだろうと例外的に許されていると噂で聞いた。飛信隊の中にも羨む声が出なかった訳ではないが隊長の信が許すはずもなく、しかし男の元へ訪うのはどうかしているとし思えない。仲間たちから見れば単に呼び出されてるとしか見えないだろうが、その実は違う。
信は唇を噛み締めながら桓騎軍の幕舎へと到着し、馬を引き連れながら桓騎軍の中を歩く。顔つきが悪く、黒羊丘で共に戦った時よりも名は知れており、上から下まで隈無く視線だけで調べられる。居心地が悪く、引き返そうとも思ったが身体の熱は自分一人でどうにかなるものではないと解っている為、そのまま歩き続けた。
一際大きな幕舎が目に入る。入り口には兵を左右に置き、警備に当たらせていた。
「……なぁ」
「飛信隊信、何か用事か」
「……桓騎、今」
「お頭なら」
そう言いかけたあと女達が入口の幕を開け、戦場とは似つかわしくない黄色い声を上げながら信と見張りの横を通り過ぎて行く。
信と見張りらは思わず顔を見合わせ、それから幕舎の奥を睨みつけながら大股で入っていった。
天幕の布を上げ羊の毛で作られた敷物の上に桓騎が上半身に何も纏わず、手を上に伸ばしながら背を反らしている姿がすぐに目に飛び込んできた。こちらの気配をすぐに察知したようでら桓騎が目を合わせず低く笑い、背中越しから信に話しかけた。
「自分から赴くなんて珍しいな、下僕」
「……」
何も言葉を発していないのに、なぜ分かったのか尋ねそうになったが言葉を飲み込む。夜も深まりそろそろ就寝しないと明日の戦場に支障が出来、それが積み重なって隊の不振へと繋がってしまう。
信は手のひらを爪が食い込むほど握りしめながら、こちらに興味がなさそうな桓騎の背をただ睨めつけた。
「ただ突っ立ってるなら帰れ。気が短いのは知ってんだろうが」
「……お前が」
装束に袖を通しながら、桓騎が信へ言葉を急かす。信は履き物を脱ぎ、遠慮なく私たち柔らかく少し弾力がある敷物を踏みつけ、背を見下ろす形を取り口を開けた。喉奥から出てきた言葉は掠れ、口腔がすっかり唾液を失い渇きを訴えている。
言ったところで何になる、と信の頭をよぎったが出てきてしまった言葉は溢れてくるだけだ。
「俺が?」
「お前が、全部、悪いんだからな」
「何がだ」
相変わらず信へ視線を寄越さず、腰紐を手探りで探す。聞き耳だけは立てているようで、信からの言葉をまるで待ち構えているようだった。
この男の先を読み、出そうとする文言を知っているかのように振る舞われるのが嫌いだった。腹立たしいほどそれは当たっていて、男の手のひらで踊らされ信は苦虫を噛み潰したように眉間に皺を深くながら続ける。
「疲れてたから、その処理しようと思ったら、……テメェが頭ん中に出てきて」
「へぇ。それで?」
「そっ、それで」
ここに来ました、とまでは出てこず口の中で消えてゆく。ならここへは何をしに来たかったか、と信は改めて考えてみたが、理由はわからないが身体が変わってしまったのは間違いなくこの男が原因なのは確実なことだった。だからこそ、このもやついた気持ち悪さを晴らすべくこの男の幕舎を自ら訪ったのだった。
桓騎が低く喉奥と背で声に出さず笑う。揺するほど笑う姿は初めて目にしたので流石に信もぎょっと目を剥き、驚きを隠せないでいると不意に桓騎が信へと顔を向け、見上げる形となり視線が交差する。不適な笑みをたたえ、肉厚のある瞼が半分落ち下がりながら、黒々とした瞳をよこす。
「抱かれにきたと?」
「ちっ、」
違う、と即座に否定したかったがそれよりも早く桓騎が信へたたみかけるように言葉を発する。
「隊の奴らには禁欲を強いて、飛信隊信殿は抱かれる為に、ここまでわざわざ来ましたと。笑い話にしかならねェな」
下瞼が持ち上げられ愉快そうに目が僅かに細くなった。その歪んだ笑顔に信の表情は険しく、この男の全てを拒絶したかった。その存在、その声色、その表情。嫌悪しか出てこない。信がここに来た理由はこの男にこんな身体にされた抗議をするためではなく、文句を言いに行くためだ。信はそう自身を思いこませてそれだけだと思っていた。
見下ろしていた顔へ背を向け、男に何を言っても無駄だと思い信は帰ろうと後ろを向く。それと同時に手首が掴まれたことに気がつかず、一歩踏み出そうと膝を蹴り出すも阻まれていることに今更ながら気がついた。男に引き止められるなど、滅多にない。手首の熱が嫌に熱いのは気のせいだろうか。握った拳から嫌な汗がじわりと滲んでくるのがわかる。交情の時と同じ体温が身体の奥で帯び始めた気がした。
信は振り向かず、出入口の幕を見据えながら唇を小さく開ける。
「手、離せ」
「物欲しそうな顔をしてるやつがさっさと帰るのかよ」
「欲しくなんかねェしテメェが、こんな、……」
「こんな?」
顔を覗き込もうと桓騎が信の顔へと上半身を起用に倒したが、信は咄嗟に顔を背けた。売られた言葉を買おうとしたが開発されたなど口が裂けても言えず、語気は弱々しいほどに霧散していく。それを分かってて手首を掴み逃そうとはしてくれない男がどことなく嬉しそうな声色を帯びたのはおそらく信の気のせいではなかった。
「出し切ったばかりで、もう空な訳だが」
「……んだよ」
信はここで初めて桓騎の顔を見た。全てにおいて興味がなさそうな漆黒の瞳は信の顔を射抜き平静を保ちながら、しかし心情を悟らせないよう不適に口角を僅かにあげ口元だけに笑みをたたえていた。
「ヤんなら一人でしてみろ」
「っはぁ?! テメェの前で、俺がっ、ひとっ……?!」
掴まれた手が緩くなったのと同時に驚愕の声をあげ振りほどく。自慰を見られながら一人でやれと言ってきた桓騎に目を丸くする他なく、それ以上の言葉はつっかえて出てこなかった。一人ではどうしようも無く、この身体の奥に残っている熱をどうにかしたくてここに来たはずなのだが。見せつけろという斜め上な提案に信は目を白黒させ桓騎を凝視した。冗談にも、本気にも取れるこの男の言葉にこの場を後にするという選択も勿論用意されている。出て行ったとしても咎めることはないが、明日もまた戦場に出て行き前線を死守することを思えばこの熱を早く出してしまいたい気持ちの方がより強くある。かといって割り当てられた室に戻っても熱はそのままだ。
信は歯噛みし、小さく舌打ちをした。全てはこの男の手中に収まってると言うことなのだろうか。ここにくることを織り込み済みでこの関係を続けていた、と言っても過言では無いのかもしれない。
「……明日も早ェから、さっさと終わらせるからな」
夜襲があっても良いように具足をつけたままここまで来た信は手慣れた手つきで具足を外し、胸当ての下にある襤褸服の帯をほどく。呆気ないほど簡単に肌が露わになり男同士で恥ずかしがることなど無いのに、これから行う一人遊びを考えると少しだけ肌を隠したくなった。幾度も肌を重ねているとは言え、自慰を見せるのはさすがに初めてだった。
さっさと脱いでしまおうと、下着を結んでいる紐を取り払おうと手を伸ばす。すると再び桓騎が腕を伸ばし結び目を解こうとしている信の手を制止した。
「扱かなくてもイけんだろ」
「は? 何言ってんだ。出るわけねェだろ」
「出せ、とは言ってねェよな?」
信には言われた意味が全くわからなかった。男根を扱けば出る。この因果関係は確かに成り立っているはずだが、桓騎の言葉通り受け取るなら出さずに達しろと言うことになる。出さずに達するといえば後穴を使う他無いが下着を取らずには出来ない。脇から指を入れろということなのだろうか。一人で行う際は菊座は使わない主義だがそれをして見せろと言葉の裏では指しているのだろうか。
信は疑問符を頭に浮かべ、桓騎の表情と手を見比べる。その様子に桓騎が笑いを耐えるように顔を逸らした。
「笑ってんじゃねェよ。出さずにイけってどういう意味だ」
「果て方には色々あるが、ここを」
その言葉の後に抑えていた手首から手を外され、男根と肛門の間をゆっくりと押し上げる。じんわりとした得体の知らない感覚が靄のように広がる。
「使え」
「……よくわかんねーし、それでイけんのかよ」
「それはお前次第だな」
すぐさま外された手を身体の横に置きこちらを静かに眺めはじめた桓騎に、信は口を曲げ言われた通り下着を外さないまま、その上から緩く押しあがる陰茎へと手をかけた。気分が乗らず仲間と話した後とは言え、奥に燻っている熱は冷えておらずゆるく勃ち上がっていた幹は、既に固く芯を持ち始めている。会話だけで想像してしまい、反応をしてみせる己自身に少し腹立たしさを感じた。期待をどこかかけている、としかとれない肉棒を手のひらを滑らせ育て上げていく。
座っている桓騎をみるとなにやら下に敷いている羊毛の敷物を山なりにしている。何をしているのかさっぱり分からず、信は立っている状態もいかがなものかと思いその場に座り込んだ。足を折り曲げ胡座をかく。洗い込まれた麻布の織り目が雁首に当たり、少し硬い感触が気持ちよさを与えてくる。
「これに擦りつけてみろ」
「さっき触ったところをかよ」
桓騎が否定も肯定もせず、口もとだけに軽く笑みを浮かべたただけで信は優しく撫でていた手を離して大きくため息をついた。拒否権はこちらにはない。
山のようになっている厚い羊毛の敷物を跨ぎ、言われた通りそれに先ほど触られた会陰部を押し当てた。屹立した肉茎の影響で充血しているものの、そこで快感が得られるというほど刺激があるわけでもなく、まずはなんとなくではあるが腰を押し当て前後に揺らしてみる。睾丸が触れ、前後する度に下着と敷物のしわがあたり、なんとなく心地よさを感じるような気がしないでもないが決定打には至っていない。
桓騎の様子をちらりと視線を上げ盗み見ると楽しそうにいつの間にか用意されていた卓に肘を肘をかけながら、こちらを眺めている。視線には気がついていないようで、信は引き続きゆるゆると会陰を優しく擦り付けた。
「んっ……これ、あんま気持ちよくねェ、って」
「一旦止めろ」
止めろ、と言われ軽く浮かしていた腰を下げ息を整える。乱れるほどでは無いが必然的に浅い呼吸になってしまうため、若干だが息があがる。何度か大きく息を吸うと次第に鼓動が落ち着きを見せ始めるが、陰茎は手で触れていた時よりも硬さを増していた。その事実に困惑しながら、桓騎の顔を伺うように見ると今度は視線が交錯し、こちらを眺めていた瞼が弓形に細められる。その目つきに信は眉間にシワを寄せ、しかし次をどうしようかと戸惑うばかりだった。
「なあ、このまま」
「さっきより少し強く擦り付けろ」
口を開き桓騎に尋ねようと声に出した途端、すかさず桓騎が次の指示を出す。もう少し強くとはどのぐらい強くしたら良いのだろうか。信は自分が思うまま動いてみようと、再び腰を前後に動かし始める。半分ほど浮かせた腰を指示された通り少し深く沈め、最初に擦り付けていた力より気持ち強めに摩した。幕舎に自分の吐息と布の摩擦音だけが響く。時折外から笑い声や、桓騎の幕舎の脇を通る足音が耳に届きその度に身を固くし動きを止めた。
「信殿は聞かれたいってわけか」
「っ、聞かれたいわけねェだろっ、バカヤロォっ……!」
桓騎が喉の奥で低く笑う声が聞こえた。足音が消え去ると再び腰を動かし、ぎこちなく擦り付けた。先ほどまでの弱い動きでは分からなかったが、刺激を少し強めたことで下着に染みが出来、先走りが僅かながら溢れ出し始めたことに気がついた。幹と陰嚢も一緒に擦れているからかもしれない。じわりと滲んでくる透明な汁を下着が吸い込み始めている。
「動きが変わってきたな、下僕」
「っ……」
下僕ではないとか、動きが変わってない等の否定をしたかったが出てきた吐息が思いの外熱を帯び、それが答えだと言うように反応をしてしまった。動きを止め信は思わず両手で口を塞ぎ、叱られた時の如くちらりと上目で桓騎の視線を伺うと特に何の表情を浮かべておらず、三脚の青銅器から酒を呷る姿が見えるだけだった。
両手を外し、再び腰を振る。いつまで同じ動きで同じ強さで行っていればいいのだろうか、とそんな考えが頭をよぎった時、再び桓騎の声で制止させられた。
「止めろ」
「……ぁ……?」
素の声を漏らし、腰を止める。声がかかるまで夢中に振っていたことに気づかされ信は赤面し、桓騎に見られないよう顔を俯けた。一度押された場所は膨らんでいるのかもよくわからなかったが今は下着を押し上げている陰茎と同じ様に充血し、痛みとは違った疼きが股下を駆け巡っている。あと少しで何かが掴めそうなところで、抑止させられたのを恨めしく思った自分に気がつく。
上手い具合に目の前で自分の一人遊びを眺めている男を勝手に頭で思い描きながら、信は呼吸を整えた。身体を小刻みに動かし普段よりは運動量が少ないがしっとりと汗ばんできている。時折隙間から入る風が心地よく、また羊毛の多いも上等な絹織物で肌を滑らせる感覚がより心地良さを引き出している。早く次の快楽が欲しい。素直に訴えれば、目の前の男は与えてくれるのだろうか、と信は伏せていた顔をゆっくりとあげ桓騎を見据えた。
「腰、止めろって言ってンのが聞こえねェのか?」
無意識に身体が次の刺激を欲しているのか、内腿で羊毛を挟んでいる腰が自然と揺れ動く。決定打にはならない甘く緩い快感が時折背から這い上がって来ていた。
動きを止めると桓騎の下瞼が満足げに持ち上がり、歪な笑みを携え酒器を手にして再び酒を飲む。
このまま止められていたら生殺しだ。再び動き出していいかと信が口をつこうとした時、桓騎の片手が軽く上がる。動いて良い、という合図だろう。信は何も言われずとも先ほどよりも更に強い力で会陰を敷物と下着で擦りあげた。自然と息が上がり、無様な姿を桓騎に晒しているのは分かっているが擦り付ける腰が止まらない。強く刺激している箇所からじわじわと快楽が全身に走り、背から脳天へぞくりとした刺激が幾度となく昇ってくる。腰裏に快感が集まりはじめ、目をきつく閉じ神経を研ぎ澄ませながらに快楽の元を追い求めた。
あと少しで手が届く。立てていた上体をうつ伏せて、丸めた背を桓騎に見せながら下半身のみを上下させ擦りつける姿を見せた。恥をかなぐり捨て届きそうになっている絶頂へとただひたすら手を伸ばす。先走りは既にべっとりと下着を濡らし吸水していない麻布は雫を漏らそうと敷布に達して小さな染みを作っていることにも気がつかない。
「はっ、……ぁっ、! ……っ、ぅあ……ッ、ッ……」
声から力を逃そうにも上擦り、思った通りに声も出せず本能に抗えず獣の交尾のように腰を振りたくるだけになっている。
目の奥が白く弾かれ、射精の寸前と同じ感覚が信の神経に広がり掴んでいた羊毛の覆いを手が白くなるほど握りしめ、迫り来る絶頂へと昇りつめる。
「っあ……!!」
目の前が白く弾かれ、脳内が焼き切れるほどの快感を拾うと瞬時に頂点へと導かれた。しかしいつもと異なり射精はされず陰嚢は未だ子種が渦巻きその出番を待ち構えていた。とは言え、絶頂には変わらず波のように幾度も押し寄せる感覚に未だなれない信はぐったりしていると目の前に見慣れない浅黒い手が急に現れたことに遅れて反応した。
「イく時、言えっつってるよな」
「言う訳、ねェ、だろ……っ」
息も絶え絶えにうつ伏せていた上体を少し起こし、己の愚息を確認すると先走りの透明な体液は滲んでいるものの白い子種はやはり出ていない。
絶頂を迎える時、桓騎が口に出せと毎度促してくるが信は頑なに固く口を閉じ、我慢を強いながら頂へと昇ることを良しとしている。今日もまた同じように身を強ばらせ、宣言せず達したことへ言及が向いたが当の本人は過ぎたことを気にとめていないようで、信の顎へと優しく指を掛け、顔を上げさせた。
「近づいてこい」
力の入らない肢体に叱咤しつつ膝と内腿に力を入れ、震えながら四つん這いで桓騎の身へと近づいていく。戻された指は、桓騎が自身の顎髭を撫でつけながら、這い寄る姿を悠然と眺めている。距離にして数歩がこんなに遠いのかと思えるほど脳内に響いてる余韻は未だに引いていない。
卓に肘をつく装束を身にまとっていない桓騎の身体がようやく近づくと、腕がするりと内股へ滑り込んでくる。声を上げる間もなく、信の肉茎が下着上から握りこまれ滴っている先走りを馴染ませるように下着を貼り付けながら手のひらを上下させる。一回り大きく皮の厚い手のひらは自身とは全く異なっており、信にはあまりにも刺激が強すぎた。
瞼の裏が白く光り、指の付け根の骨の盛り上がりと、親指の腹で雁首を刺激されると腰が震えそれだけで先ほどの波が呼び戻される。出さずに達したことがより呼び水となって信は身体を捩らせながらその強烈過ぎる快楽にひたすら耐える。それと同時に一人遊びを行わされ、自身は興奮もせず平然と見下しながら眺めている男の手で絶頂を迎える悔しさがあった。
「っ……ぁ、あっ、……手っ、やめろっ……、本当、やだっ……」
「早く出せば楽になるぜ」
「誰がっ……、テメェの、ッんん、手でっ……」
扱く強さ、指先の技巧。どれをとっても信自身の手とは全然違っており、時折裏筋を擽られるように爪先で擽られると吐精してしまいそうになる。信は必死にこらえて我慢するも、その限界をそろそろ迎えそうになっているのもまた事実だった。
体躯の間に差し込まれている桓騎の腕にしがみつくように腕を巻きつけた。自身の腕よりも一回り太い前腕は常に剣を携えているとわかる。信はせめてもの抵抗として桓騎の腕にこれ以上ないぐらい強く爪を食い込ませた。きっと痕は残りもしない。
追い詰められ、腰にぞくりとしか快感が全身から集まりはじめると同時に、桓騎の手のひらの厚さに翻弄され、同調するように無意識に腰をひっきりなしに動かす。種付けをしている馬のように桓騎の手のひらに子種を出そうとしている姿を、桓騎がどう思っているかなど今の信には一切考えられず、ただ精を振り絞ることしか頭にない。
「っ、あ……、ッ、ッ……はっ……ぁ、出るっ、手ェ、……っ、離せっ……!」
桓騎の表情を確認する余裕などどこにもない。後頭部を丸め、絶頂へと進むべくがむしゃらに快楽を追い求めた。不意に桓騎の指が亀頭の先に触れたかと思うと次の瞬間、入口に思い切り爪を立てて押しつぶす。その刺激が陰茎から脳天へと瞬時に駆け上る。次の瞬間先ほどは出てこなかった精が溢れ出し、抵抗も虚しく信の肉茎は桓騎の手の中で吐精を果たした。
「っ、――ッッ、ぁっ、……っぐぅ……っ、!」
何回かに別れて出される精は下着に吸い込まれることなく、べっとりと肉幹から陰嚢へと垂れ、先ほど痛いほど擦りあげていた会陰へと滴っている。全力で上り詰めた信は息が荒く、肩で浅くしている呼吸を整えるため大きく息を吸った。腹がへこんだ折、桓騎の手が陰茎から離されると力が入れられなくなっている手からも腕がするりと抜けていった。
「気が済んだらさっさと出てけ。馬は回しておいてやる」
背を丸めたままで焦点が合わず、未だに立ち上がる気力はない信の頭から声が降ってくる。桓騎が立ち上がったようで信の横を通りすぎる様子を横目で途中まで追いかけたが、最後までは見届けず目を閉じた。未だ余韻が残り、脱力した手足に力が入らず底の方に残されていた精子を背を震わせて小さく吐き出しようやく快楽から解放された。
雨に濡れた時と同じように陰部だけがしとどに濡れ、どう誤魔化そうかと考える。明日の戦が始まる前にもう一眠り出来るかを考え、まだ力の入らない身体を無理やり起こし膝を立てて立ち上がる。染みになっている羊毛へ眉をひそめながら、己の欲の痕を見ないふりをして襤褸服を纏う。具足を身につけ、桓騎の天幕から出ると既に周りは寝静まり見張りと松明だけが焚かれていた。桓騎の姿はどこにも見えない。
見張りに呼びかけられ顎を振っている方向を見ると、乗馬してきた馬が歩兵に引かれ既に目の前にいた。信は一言素直に礼を伝えて乗り上げ、馬腹を蹴りその場を後にする。擦っていた会陰に馬の背の波打ちが直接伝わり、顔をしかめるも来たときより明らかに気分がさっぱりとしている。次に顔を合わせた時に何か言われるだろうが、少なくとも明日には持ち越さないで済むのには本当に、本当にほんの一滴の水ほどの感謝をした。それでも嫌いな相手には全く変わりない。
この先もずっとこの関係は続いていくのだろうか、と戦とはまた違う一抹の不安を抱え、信は自軍の元へと駆けていく。明日もまた戦に明け暮れる。