「ああ、リン玉さん、手伝いに来てくれたんですか? 料理は人手が多いほど早く出来上がりますからね、助かります。
まずはこの野菜を洗ってくれます? そうそう、土が付いてるとジャリジャリして舌触りがよくないですからね。丁寧にお願いしますよ。
はー、今日の料理当番、本当は黒桜さんでしたよね……なぜ私がって? 雷土さんが文句言うんですよ。だから私が替わったんですが、こうも連日だと流石に辛いので明日は雷土さんにお願いしましょう。あ、これもついでに洗っておいて下さい。水は汲んできてありますので、汚れたら取り替えて下さいね。
……ところで、ちょっと聞いて欲しいことがありまして。は? 気色悪い? 何を勘違いしてるんですか? 気色悪い、というのは私ではなく、話を先に聞いて欲しいんですよ。手は休めずに聞いてくださいね。
あのですね、この間の軍議の時にお頭が少しご機嫌だったんですよ。お頭の機嫌が良いときって解ります? 私もこの間知ったんですが、どうやら月に1回程度お気に入りの娼婦と会っているみたいで、その日がやけに上機嫌だったんですね。私は賢いんで、ははーさてはその日だったんだなと気がついたんですよ。そうだ、この事は黒桜さんに言わないで下さいね。黒桜さんまたお頭に抱いてほしいって言いにいってあしらわれて慰めないといけないので……。
話がそれました。それでですね。その娼婦はどんな方なのかすこーしだけ興味がありましてね、は? この大紳士摩論、お頭の女を抱きたいなどと? 違いますよ。単純な興味です。
お頭に尋ねましてね、まあお分かりだと思いますが、お頭って話をしたがらないじゃないですか。ああいう性格ですし。でもその日は答えてくれたんですよ。つまりこれが機嫌が良いってことです。で、どんな方なのですかと聞いたら、いちいち噛みついてくるって言ってましてね。
リン玉さん手が止まってますよ。まだまだあるんですから。
噛みついてくるというと勝ち気な女性って言うことでしょうか? といったらなんと、なんとですよ?違うって言うんですよ。えっ、と思い次はならどのような容姿なんですか、と聞いたんですね。お、これ上手く剥けましたよ。
そうしましたら、つり目で抱き心地は良くないっていうんですね。
ここで私のこの桓騎軍の軍師としての勘が冴え渡ってしまったんですよ。もしかしたらこれはあれではないかと。
あれとは? そうあれです。お頭のお気に入りと言えば何を隠そう砂鬼一家。つまり、その中の誰かという答えになったんですが……
終わりました? なら鍋に水をお願いします。私はこれを剥いてしまいますので。
で、また聞いたらそれも違うって言うんです。じゃあ私の知らない人でしょうか?って聞いたらこれまた違うと。こんなの押し問答じゃないですか。分かるわけないと思ったんですよ。そうしましたら、該当人物がぴん、と出てきてしまったんですね。でもお頭に限ってそんなわけあるわけないじゃないですか。どなたか分かりました?
そうあの、ってうわ、オギコ何するんです!? えっ、雷土さんがまだかって? まだですよ。そういうなら手伝いにきて欲しいもんですよね、全く。
オギコは汚い手で食材触らないで下さい! ほらいったいった。あ、お頭にはもうちょっとかかるとお伝えしてくれますか。頼みましたよ。
で、なんでしたっけ。ああ、その原因の人物です。なんと、なんとですよ。ここだけにしておいて下さいね。
勿体ぶらずに言えって? 分かりました。あのですね、心して聞いてください。相手はひ」
「摩論」
「?!」
突然後ろから聞き知った声がして摩論は文字通り飛び上がった。幸いなことに手に持っていた切りかけの食材は落とさず、また利き手に持っていた短刀は落とさずにすんだものの、ゆっくり振り向くと太陽を背に逆行を浴びている上官がそこに腕を組みながら摩論を見下ろしていた。自軍の将、桓騎はいつもの余裕げのある表情で、口元には笑みがたたえられている。摩論にはそれが余計に恐ろしく感じた。
「お頭連れてきたー」
「は?! 私は一言も」
「だってお頭の話してたでしょ?」
桓騎の忠臣オギコが呼びに言ったことを知り、摩論は動揺を隠しきれなくなくなり思わず声を上げた。
「して、えっ、えー?!」
隣にいるであろうリン玉に取り持ってもらおうと声をかけたが、すでに時遅し。隣にいないリン玉を探すと摩論に目もくれず鍋に水を入れに行っているらしく、遠くに後ろ姿を確認してしまい、もはや逃れようのない状況に陥ってしまった。オギコはもはや摩論には興味がなく、洗い立ての食材をつついて遊んでいる。ならと上官に上目使いでこの場をなんとか納めてもらおうと思ったが、当然そんなこびへつらいが聞くような相手ではないことを摩論は知っている。
嗚呼、帝よ。もしいるならこの場をいまなんとかしてくれ、と摩論は必死に祈ってみたが、締め上げられることは間違いなく避けられるはずもなく。
「で、結局誰なんだ? ひって、飛び上がるほど怖い奴って事か?」
リン玉の疑問は当然届くはずなく、この疑問はこの日で終わることとなったのだった。
摩論さんが気がついてリン玉に伝えようとするも、いいタイミングで桓騎が来る話