「桓騎軍てみんなお頭って呼ぶけど、あれ何でだろう」
「はぁ?」
軍師河了貂の突然の発言に思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。軍議が終わり、昼ご飯の準備をしようと河了貂が天幕を後にしようと立ち上がり、足を踏み出したところでこの言葉が出てきたものだから、信は思わず眉を潜めてしまった。
名前が出てきた桓騎とは肉体関係がある。が、恋人同士では無い。交接のみの仲だった。無論、飛信隊の皆には一言も言ったことが無いし、見られていないと信は踏んでいるが、河了貂の口から予想だにしていない人物の名前が出てきたことに驚きを隠せなかった。
焦りを鎮めるために何度か伸びをする振りをしながら深呼吸をし、河了貂をチラリと見やったがこちらの突然の伸びに驚いたぐらいで、別段気がついた様子は恐らくなかった。信の見立てだったがあくまでも気がついていないらしい。
ほっと胸をなで下ろし、そのまま会話が続けられる。
「え、だって信、気になんないの?」
「桓騎だろ。気になんねーし」
「でもさ、桓騎軍てほとんどがお頭って呼ぶけど。あの統率力は見事だと思う」
努めて冷静な言葉を信は放ってみた。確かに河了貂の言う一理はある。桓騎自身は「お頭」呼びを強要するような人物ではないと信は思っていた。本人は呼び方すら気にしていないと思う。いわゆる愛称の類いで、もしかしたら幹部連中がそう呼ばせているのかもしれない、と信は組み立てて考えてみたが、あくまでも仮説でしかなく本人に聞くほか無い。
「じゃーなんだ、うちの隊だって今から呼び方統一してみっか?」
「うーん。隊長とか?」
「呼ぶか……?」
河了貂の言う統率力とは何か。それは自隊にはあるにはあるが、結構自由にさせているところはある。自分の威厳も含め、あっても良いかもと思い河了貂に提案してみる。意外そうに目を軽く見開いて顔を見合わせて、河了貂は顔を一度机上に向け手を顎にあてしばし思案をした。信も同じく腰に手を当て、顔を斜めに向けて隊の皆の顔と呼び方と思い出し脳内を巡らせてみる。
古参に当たる仲間、それに我呂は呼び捨てにする。突然『隊長』と呼ばせても違和がある。そして、彼らもきっと気持ち悪いだの、それはないだのあることないことを飛ばしてくるだろう。
副隊長の渕と楚水はどうだろうか。いつも信殿と呼んでくれる。じゃあ今日から『隊長』って呼んでくれ、と頼んだところでおそらく癖で信殿と呼んでくれるだろう。自分が訂正したところで困らせて、また信殿と呼ばれる。それだけ仲が良いってことだろうか。
一通り妄想というなの思案が終わったところで、丁度良い時機で信と河了貂の目線がばっちりと合わさる。どうやら河了貂も似たような答えにたどり着いたようだ。
「呼ばねーな」
「呼ばないな。じゃーオレ、お昼作ってくる」
「おーよろしく」
そう告げて、河了貂は天幕を後にした。信は軽く手を上げて見送る。多分、また近日中に呼ばれるような予感がして、その時にでも尋ねてみるかと思索の引き出しにしまっておくことにした。
「で、なんでお頭って呼ばれてんだよ」
予想は大当たりし、あの例の会話から数日あってから呼び出された。例のごとく交接をし身体を麻布で拭き終えて、肌と褥が触れる度さらさらと感触が感触が心地よく、しかし気怠い身体を寝床でごろごろと動かしながら珍しく未だに寝台から去ろうとしない桓騎に疑問をぶつけてみた。
桓騎は机上に置かれていた四つ足の水差しから水を陶器に注ぎ、信がいる寝床の縁に足を掛け飲み干しているところだった。
「……さァな。俺が知ってるとでも?」
飲み終わると同時に桓騎が話しだす。案の定、予測していた答えが返ってきたのでまあそうだろうな、と心の中で信は呟いた。ごろり、と桓騎の方へ身体を横向きになり、寝ころんだままそのまま喋る。
「呼ばせてると思った、から」
「な訳ねーだろ」
バーカ、とだけ告げられ寝台から立ち上がりその足でいつも一人で寝る室へと行ってしまった。
結局お頭と呼び出したのも、どうして呼ばれているかも謎のままで疑問が晴れた訳ではなかったが、聞けただけ良しとする信は心なしか口元に笑みをたたえているのだった。
お頭ってみんな呼ぶけど何でそうなったんだろうねって話