※直接的な死描写はないですが、物騒です。

稀有なこともあったと、桓騎は顎に指を掛けて思索を巡らした。
今は寝息を立てて寝ているであろうあれを思い返す。なぁ、と遠慮がちに己の着衣を掴んできたあの頼りなさげな指は普段見せる気丈なあれとは異なる、どこか気がかりと心細さが入り交じっているそんな声色だった。自隊でもあんな声を出したりするのだろうか。想像がつかない姿を、よくもまあ一方的に呼び立てている相手に示せたものだと、喉の奥でくつくつと笑う。ゆっくりではあるが、こちらへと歩み寄ってきていると桓騎は確信にも程近い心情が沸き起こった。
黒羊丘の同士討ちの件で、落とし前をあれにつけさせる為に呼んだのが始まりで、それから身勝手に何度も呼び付けては抱いている。心地良いわけではなかった。単なる気まぐれでしかない。とっくに片手では数えきれないぐらいには呼び出している。否めばいいもの、わざわざのこのこやってくるその間抜けな姿が見られるのもまた面白おかしかった。
過去に一度、何故拒まないと尋ねたことがある。断ったら全力で仕返しすんだろ、と睨み付けながら肌掛けにくるまりながらあれに言われた。それはそうだ。拒絶したらどうなるかは理解していそうな物言いだったので、それ以上は発語しなかった。
あれは非常に面白い反面、無性に焦燥を覚える。自軍にはいない部類の人物で桓騎自身もあれを形容していいか分からない。ただ、今は使い倒すまでだ。
そっと瞼を下ろす。先ほどまで交接していたことを思い出していた。歯を食いしばって辛抱するあれを己の手でゆるゆると飼い慣らしていく愉しさを思い返しながら、微睡みの中へと消えていく。
数日が経った明くる日、あれを呼び立てた日の食時に顔を出していた娼婦が訪れた。容姿も良くあれとは比べものにならないぐらい抱き心地が良いので口直し程度にはなっている所をそこそこ気に入っている。
女は無遠慮に近づき、頬を寄せてくる。粉の匂いが鼻をつき、抱かれにきましたという表現してくる女に無関心な視線を寄越す。冷たいと一切感じていないであろう女は、ぽってりとして整っている唇に弧を描き、赤い舌がのぞかれ花びらを動かす。
「あら、この間の男娼は?」
「……あ? 男娼?」
「ええ、青い服の」
桓騎はなるほど、と内心で悟った。視線を外し、しばし思考を巡らせる。あの時の態度、そして考えていたこと。この女が関係していたと。言い淀んだ言葉も輪郭を持ち始めた。思いのほかあれは割り切れないのだろう。愚直すぎる性格が徒となりすぎている。戦場でも苦労しているのがありありと見てとれ桓騎はふっと鼻で嘲笑し、女を寝台に引き寄せるなり押し倒し首筋に顔を埋めた。
娼婦を一通り抱き終わり帰した後、桓騎は伝令を呼び付けた。回りくどい説明は摩論に任せればいい。
面倒事を起こされる前に始末をするだけ良い。伝令が室に入ってくるなり、さっさと本題へと移った。
「オギコ」
「なに?」
「別のヤツ呼んで、あの女屠っておけ」
「分かったー」
特に反論するでもなく、素直に自軍の幹部がいる邸宅へと伝令をしに行ったオギコの後ろ姿を眺めながら、あれにこれを伝えた場合の反応を考えてみた。十中八九この事実が分かれば憤慨して、自分を殺しに掛かってくるだろう。
憎悪はいい。何度でも混ぜ返して、それが燃料となって燃え上がる。怒りは数少ない娯楽の一つだ。無論、根底には全く違う感情が渦巻いているが、例えば虐殺、強姦、略奪は気晴らしに丁度良い。自軍の評判など二の次で、それを楽しめるから入った者も中にはいる。陶器を手に取り、酒を一口飲み唇を濡らす。
あれに言う気はない。ただ、感情をむき出しにして激昂し刃を向けられその目にどうしようもなく欲しくなる。全力の殺意を仕向けられる心地はたまらなく良い。

あれから更に数日経ってから、本邸にリン玉が顔を見せた。あの娼婦の件で訪れたというので、室へ通し報告を尋ねた。
「お頭、言われてた女ですけど」
「んー」
「俺の隊で始末しておきました」
終わったのならそれで良い。分かった、と一言告げて下がらせる。これであれの邪魔をするものは消えた。双方に取って煩わしい感情を抱かせると後々面倒だ。要領も良く頭が回った娼婦だった、一言多いのが致命的だった。ぞくり、と肌が粟立ち興奮を覚える。あれに手を出そうとした方が悪い。あれを自由にしていいのは自分だけだ、と桓騎が口元が自然と弧を作る。
次はどうしてやろうか。この上ない愉しみを、企ててやる。
あれの為に。


これの続き、いらない障害は排除する話