随分と騒がしいやつも居たものだと目の端にもいれたくないほどの煩わしさだった。一際目立ち、異彩を放つ。ああいう者が上に登りつめ、そして死んでいくのを何百と見てきた。彼もそのうちの一人だと思う。やけに秦王に馴れ馴れしく、周りの目を気にせず堂々とした態度。他の者の鼻についても仕方が無い。王翦はそう分析して、彼の行動に注視していた。宴会に参加せねばならず、論功行賞が行われていた堂からぞろぞろと大人数が出て行く一人の中に自分と同じ副将の男を見つけた。頭頂部でくくり、その長く漆黒の髪を揺らし、白い外套を避けるように皆一様に歩く。必然と彼の後ろには人がおらず、声がかけやすい状態を作られているが、声をかけたところで話しが盛り上がるとは思えず、王翦は先ほどの彼のことを思い返していた。
その彼はといえば自分が出てくる際に、仕えている将軍の孫となにやら騒がしく喋っていたような気がするが、既に外に出てしまったので声が喧騒にかき消され、聞こえなくなっていた。
将軍の孫には華があるが目立つがあの微賤の出と言われている彼は華など当然なく、ただの騒々しい子供としか言いようがなかった。
「よーぉ。なに俺の後ろ歩いてんだ」
「お前が前に居ただけだろう」
「どーだか」
何を思ったのか後ろを突如として振り返った桓騎に声をかけられる。幾らか驚きはしたものの、態度には出さず皮肉めいた視線を跳ね返し腕組みをしながら言葉を続けてみたが桓騎には関係ないらしく、鼻で一笑される。歩みが追いつくまで立ち止まり、肩が並ぶと自然に脚を出し始めた。何か話したいことでもあるのだろうか、と頭を掠めたが計算して奇策を出すこの男の事だ。もしかしたらただの気まぐれかもしれない。
「お前の目から見てどう思う」
自分が論功行賞で気になっていたことを桓騎に繰り出すと、意外そうな顔をしてこちらに僅かに顔を向けられた。
「どうって、何が」
「蒙毫将軍の孫と、第三功の者だ」
終了してからというもの先ほどから脳内を締めていることは始終あの者のことだった。孫は正直なところおまけとしか思っていないが、あの彼と一緒に居たので直接名を出さず尋ねてみた。意外そうに片眉を上げて、一刹那思案した様子だった。が、直ぐに興味を失ったようで直ぐさま顔を前方へと戻す。この話題は終決、ということが窺えた。
「興味ねェな。雑魚共に興味あると思ってんのか? お前」
「……いや」
ない。断言出来る。強さが全てではないらしいこの男は、存外にも仲間思いということは知っている。また仲間達も男を親しみを込めて『お頭』と呼んでいるのを耳にする。仕えている将軍の元に招来されてからそういった一面を多々目にしていた。但し、同じ軍でも仲間と思っていない者たちには容赦がない。この男には先ほど尋ねた者達も仲間だと一切見えていないのだろう。
ぞろぞろと人だかりが次の堂へと吸い込まれていく。肩を連ねて歩いていた桓騎はその後についていくように、手を軽く上げ自分の元から去って行く。
「じゃーな、王翦」
今回の働きで第二功という序列ということもあり、祝われるのであろう男は入り口から奥の上座へと向かって行った。周りの者を鼻で笑い、蜘蛛の子がさっと引いていくように周りの道が自然と空けられていくのを目にした。
何故気になったのか自分でも分からない。ただ、これからの秦国にとって必要な駒なのかを見極めたかったのかもしれない。
「蒙恬置いてくぞ! 酒だ酒!」
「信さ、そんな急がなくても逃げないって」
会話に上がった意中の二人が遠くから駆けてやってくる。人混みに紛れているので、自分の事など気にも止めず堂へ入っていった。王翦も思考を巡らせるのは止め、堂へと脚を踏み入れる。
明日の事が分からないのに、遠い先のことなど知るよしも無い。
33巻後のまだ興味を何一つもってなさそうな時の話