※ラクナツ前提グレイ→ナツ
※ラクサスは出てきません



「ナツ」
「んだよ、グレイ」

ナツはもぐもぐとパスタをカウンター席で食べていると、上半身裸のグレイに声を掛けられた。
普段から犬猿の仲と言われているが、仲違いしているほど仲が悪いかと言われると少し違う。普段から共に一緒にいるし、幼い頃から喧嘩ばかりしてきた。だが、それがあってこそお互いの性格を知り尽くしており、相手の良いところももちろん知っている。
グレイはここ最近引っかかることがあり、少しばかり話がしたくなり声をかけた。警戒心があるのか、グレイの上半身が裸だからなのか怪訝そうな顔をしてこちらをみてくる。食べている手をそのままに、グレイは話続ける。

「お前さぁ、ラクサスと付き合ってんだってな」

ナツは核心をつかれ、思い切り口に含んでいたものを出してしまった。おかげでカウンターに細かく飛び散り、ミラジェーンがあらあらと困った笑顔をしながら布巾をよこした。軽くお礼をいい、周辺を拭くが突然の出来事にナツは自分がどう反論して良いか、真っ赤な顔をして困ってしまう。

「ホントなのかよ」

本当じゃなければ、こんな赤い顔はしない。そもそもラクサスと付き合っていることはお互い秘密にしよう、ということだったのにいつばれたのだろうか。付き合ってそろそろ三ヶ月になるが、今日に至るまで付き合ってるような事を悟らせないようにしてきたし、ギルドの中では極力接触を避けてきた。接触したとしても、必要最小限しか話していないし、我慢が出来なくなったらちゃんと外に出て抱きしめたりもした。あくまでも人目に触れないところでだ。
ナツは頭が混乱し、どうしたらいいか分からなくなる。そもそもどこでばれたのか、なんでグレイが知っているのか、なんでそんなドスの利いたような声なのか、聞きたいことはたくさんあったが、言葉に出来るほどの余裕はない。

「図星かよ…はーあ」

グレイはナツの隣の席に腰掛けて、ミラジェーンにドリンクを注文した。グレイの先ほどの言葉の意味もよく分からないし、どうしてため息をついたのかもよく分からない。ドリンクを注文している間もこちらを見てくるので、テーブルを拭き終えたのまでは良かったのに、続きの料理に集中したいのに集中できない。グレイがこちらをずっと見ている。冷めた目で、静かにだ。

「ラクサスなんてやめちまえよ」
「っ!?」

ナツは目を見開いて、勢いよくグレイへ顔を向けた。相変わらずグレイは冷めた目でナツを見ている。こちらがまるで値踏みをされているかのような、そんな目つきだった。
グレイは普段から考えていることがよく分からない。口数は少ない方ではなかったが、自分ほど誰かとつるんでいる訳ではなかったし、一人で良くカウンターで飲んでいるのは知っている。クエストは一緒に行くが、いつも通りに接してくるだけで、こんな台詞を吐くような人物ではない、と自分だけが思っていたのだろうか。
不意に悲しくなる。ラクサスの事を悪く言われたのも、グレイがそのような事を言ってくるのも。付き合って分かったがラクサスは口数こそ少ないものの、愛でられ自分を甘やかしてくれる優しい恋人だった。それなのに、何故グレイによってやめなければならないのだろうか。そもそも何故このようなことを言われなければならないのか。

「てめぇは、」
「オレだったら、もっと優しくしてやる」
「は?」

眉を顰めてグレイを見たが、存外真剣な顔をしているグレイに驚かされた。そんな顔をして、そんなことを言われても一ミリ足りとも靡かないし、嬉しくなかった。グレイはただの同僚で、幼なじみで、悪友でしかない。それ以上でも、それ以下でもない、そういう関係だとずっと思っていた。

「ナツ、」
「っ…てめぇなんて、オレは嫌いだ!馬鹿グレイ!!」

がたん、と椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、ナツはグレイの頬に目掛けて拳を打つ。受け身を用意していなかったグレイはもろにそれを頬にくらい、椅子からよろけ尻餅をつく。
ナツは、感情が抑えられず肩で息をし、涙目になっていた。殴ってしまった事は認める。だが、その感情がどういう名前か自分が一番よく知っていたし、何よりラクサスを悪く言われたのが一番腹立たしかった。何も知らないくせに。何一つ、ラクサスの事を見ていないくせに。グレイは、自分しか見ていない。
そこでナツははっとなる。そうか、自分がラクサスに恋い焦がれていた時のように、グレイも自分に恋い焦がれすぎているのか。

「オレは、っ別れねぇからなっ!」

何事だ、とギルドの面々がこちらを向いて見ているが、ナツは気にせずグレイに啖呵を切ってギルドから飛び出してしまった。
グレイは片頬を押さえたまま、その場に仰向けで倒れている。
ナツの足音がバタバタと遠くなっていき、消えた頃に目の前に氷嚢が現れた。ミラジェーンが前屈みになって困った笑顔でそこに立っていた。

「グレイ、あの言い方はないんじゃないかしら」
「ミラちゃん」

ありがとう、と小さく言って上体を起こし座る。ミラもグレイと目線を合わせるようにしゃがむ。
グレイは自分の犯した失態に、思わず苦笑してしまった。
ラクサスとナツが付き合った事をしったのはつい先日だった。それは偶々の出来事で、町を歩いていたら二人が肩を並べて歩いている。それまでは普通だな、と思っていたのだが好奇心で後をつけてみると行き先がナツの家だった。思わず衝撃を受けて、いや、まさかと思いルーシィに聞いたらあっさり口を割った。そうよ、あの二人付き合ってるらしいわよ。私も噂でしか知らないけど。
自分もナツが好きな身として、先を越されたと思った。そして今日、行動にでてしまったのである。
ナツは酷く悲しそうな顔をして、自分を殴った。ああ、それほどラクサスの事が好きで、大切にされているんだと身に染みてよく分かった。自分の出る幕はまるで無かったと。殴られて、むしろ清々した。そして、何より嫌いになってくれたらそれは良いのかも知れない。ずっと、相手の心に刻み続ける事が出来るから。グレイはそんなことをぼんやりと思った。

「ナツね、ラクサスの事がすっごく好きだったみたい」
「…」
「グレイもナツのことが好きだったんでしょ?」
「だったじゃないな、今も好きだ」

好きで好きで仕方が無い。ラクサスなんてやめてというのは本心だった。
ミラジェーンがため息をついた。グレイは、ごめん、と謝る。何に謝ったかはよく分からなかったが、自然と口をついて出てきた。

「ちゃんと、真っ向から言ってあげて。じゃないと、気持ちにけじめがつかないわよ?お互いに」
「そうだな」

ミラジェーンの言葉はもっともだと思う。ああいう言い方をしてしまったが為に、ナツを混乱させたのは自分であり、悲しい顔をさせたのも自分だった。
ナツが笑っていればいい、と思ったのはもう遠い過去。笑うのだけではもう物足りない。自分の事で頭がいっぱいになって、悩んで悩み抜いていればいい。そう、ずっと、思っていた。
そうずっと、思うしか、きっと気持ちが届かないと思った。
グレイは、ははっ、と乾いた笑いを漏らし顔を俯ける。
すべては、エゴでしかない。
自分のすべてを投げうってでも、彼が欲しいのは変わりなかった。
恐らく、今後も、ずっと。



真摯なる思い