「オレ、アイドルにならないかってスカウトされてさ」
と、オレが言うとスティングは目を丸くして固まってしまった。あれ、おかしいぞ。
ルーシィに今日の為に用意された嘘をレクチャーされた通りについた。流石に嘘だと分かるでしょ、と嘘が付けない
で、この後スティングは笑い飛ばす、と思っていたのにこの反応。オレはスティングの硬直している顔面に手を上下に降ってみる。相変わらず動かない。
いつもおかしいが遂におかしくなったか、と声を掛けようとしたその時、両肩をがしっと捉えられて振っていた手も瞬時に押さえ込まれてしまった。
スティングの顔を見ると至極真面目な顔でオレを真正面から見つめている。なんだなんだ、どうしたどうした。
「オレ、やだ」
「へっ?」
スティングから嘘でしょ、の一言は出てこない事に驚いて裏声で返事をしてしまった。
そんな事は気にも止めず、スティングは続ける。
「やだよ。ナツさんアイドルになるなんて。そりゃあナツさん可愛いからスカウトされて当然かもしれないし、歌もそこそこうまくて炎が出せるから一芸に秀でてるどころか敵を倒せてキュートな男性アイドル、で売り出されちゃうかもしれないけど、ナツさんの可愛さが全世界に知られるなんて」
「おい、スティング」
「ぜってー、やだ。ナツさんが可愛いっていうの、オレだけでいい」
「っ」
「オレだけが、良い」
饒舌になったスティングを止めようとしたが、止められない所か、逆に告白をぶちかまされたオレの今の顔はきっと茹でた蟹以上の赤さを誇っているだろう。だって耳まで熱い。
スティングの馬鹿みたいな論破は、オレの馬鹿みたいな嘘は簡単にも吹っ飛ばされてしまうぐらいには、慕われて好かれて、そして愛されている事を実感する。こんな時でもコイツはオレなんだなって思った。好きで、好きで仕方がないんだ。そう考えるとやっぱり恥ずかしくて真っ直ぐ見ているスティングに羞恥を覚えて顔を俯けた。だって、平気で独占欲丸出しにするんだから、オレはどうしたらいいんだろう。笑ってごまかして嘘でした、って早く言えばいいのに言えない。
真摯すぎる気持ちが、オレに罪悪感を産みつける。
「あ、んな」
「ナツさん、顔あげて」
「…おぅ」
ゆっくりと申し訳無さそうに顔をおずおずと上げると、今度はスティングに抱き締められた。
驚くばかりでファーが赤みを引きかけている顔をくすぐってくる。スティングのジャケットのファーはいつもいい匂いがして、抱き締められる時いつもクンクンと嗅いでしまうのは、きっと何度も抱き締められてるからだ。
お陰で抱き締められると安心してしまう。こういうのが惚れた弱みって言うんだろうか。
少し緩められた腕の力で、オレも自分の腕を引き抜いて、スティングの背に腕を回す。
背中を捕らえきれないのは恐らくオレの腕が短いからじゃない。多分。
「嘘でしょ」
漸く欲しい言葉が貰えて、安堵してしまった。分かっててあの言葉をいったのか。相当な役者だ。オレよりスティングの方が本当にスカウトされるかも。
そう思ったら少し胸が痛み、スティングの先ほどオレに言った独占欲丸出しの台詞も分かった気がする。
「…おー、ルーシィがついたらどうかって」
「そんなこったろうと思ってたけど、あの言葉は嘘じゃない」
「…あの、」
「ナツさんが、可愛いってやつ」
改めて嘘じゃないと言われるととても気恥ずかしい。嘘でも嬉しいけど、嘘じゃないから余計に嬉しさ倍増。ただ、可愛いは正直違うと思う。
いつもスティングはオレの事可愛いっていうけど、可愛くねぇし可愛いっていうのは例えばハッピーとか、ルーシィとかも含まれるのか?良くわかんねーけど。
少なくともオレが可愛い、っていうのは少しおかしい気がするし、いつもスティングに否定すんだけど頑なに認めない。
「オレは、可愛くねぇし」
「オレにとっては可愛い」
「お前だけだろ」
「オレだけでいいの。それが世間に知られるのが嫌」
「お前なぁ」
「ナツさんを好きなのはオレだけでいい」
何処までもオレを独り占めしたいらしい。とことん変なやつだな、と思ったけどそいつに付き合ってるオレも充分変だ。
はぁ、と一息ついてファーから顔を放してスティングの顔を上目で見る。視線が合ったけど、決まりが悪くて直ぐに反らしてしまった。
「…もー、嘘つかない」
「そうしてよ、ナツさん。心臓に悪すぎ」
「慣れない事はするもんじゃねぇな」
そう誓いを立てると、苦笑が思わず漏れる。 可愛い嘘でも嘘は嘘で、慣れない事をしてばれても本気にされても困るって事がよくわかった。
スティングにごめんな、と謝ると顔が近づくなりスティングの唇がオレの唇に触れる。自然と瞼が落ちてきて、情緒的な施しを甘受した。
本当に重ねるだけの口付けだったけど、スティングはそれに満足したのか唇をゆっくりと離して、近づけた顔も少し引く。オレと視線がバッチリあうなりニンマリと笑った。
なんだかんだ言いつつ、コイツに弱いのはオレだってコイツが好きだから。
その気持ちに、一点の曇りもない。
君だけが僕のアイドル