「……」
情事の後にむくれる恋人なんて、この世の中に何人いるのだろうか。特に喧嘩した理由もなければ、恋人に対して粗相をした覚えもない。先ほどまで身体をつなげて、自分の自身で気持ちよさそう喘いで、もっとと求めていた恋人は情事が終わるなり、ふくれっ面でこちらを見向きもしない。
普段なら風呂に行こう、やらもう少しベッドでゴロゴロやら提案をするのだが、今日に限ってそんなことは全くなかった。一体自分が何をやらかしたのか、と頭を抱えて考えたが一向に思い浮かばず。
「っだー! ナツさんっ」
「……なんだよ、スティング」
桜色の髪の毛を揺らして、情事を終えたままの格好、つまり裸のままナツは胡座をかきながらスティングを一睨みする。そんなに睨まれても理由が出てくるはずもなく、スティングは息の詰まるようなこの空気に思わず叫んで、状況を打破したくなった。が、打破なぞ出来る術を持ち合わせておらず、相変わらず重い空気だけが二人の間を流れる。
せめて服でも、とベッドと床に脱ぎ散らかった服を拾いにベッドから降りようと足を出した。そこで、一度ナツをチラリとみたが、相変わらず顔は怒っているままだ。何がそんなに気にくわないのか全く検討が付かない。
普段からよく怒りはするものの、どういった理由かは直ぐ言うナツだったので今回の件は、流石のスティングも困り果てた。さて、どうしたものか。服を拾い上げ、再びベッドに戻る。
ナツに、服とトレードマークのマフラーを渡すと、おぅ、とぶっきらぼうに小さな声でお礼を言い服をひっつかんだ。こういうところは割と素直で、スティングの胸をきゅんとときめかせる。とはいえ、原因は解決していないのでときめいたとしてもこの現状は何とかしないといけない。
「なんで怒ってんの? オレなんかした?」
「……」
「それとも何、恥ずかしいこと言わせたのいやだったの? 」
「んなっ? !」
スティングに、情事中に行なわれた事を持ち出されてナツはふくれっ面をやめて思わず声を上げた。それでもスティングはやめず、ずけずけと言ってのける。
「スティング、もっと挿入てって。あれ、嘘だった? 」
「お前もう黙れって!」
ナツは顔を真っ赤にして、スティングの口を両手で塞いだ。もごもごと動く度、手のひらがくすぐったい。嘘ではないけど、それを今言うことではない。よもや、引き合いに出されるとは思ってもおらず、先ほどとは違う理由で怒り出した。
スティングはこういった、淫語を言わせる事が好きらしく情事になると、すぐナツに言わせたくなるらしい。らしい、というのは直接聞いたわけではないが、性行為中に息が上がって熱っぽい吐息を耳から注がれるようにして言って、と言われる。それに従ってしまう方も従ってしまう方だとは思うのだが、スティングが満足そうな顔をされるのを見てしまうとどうしても素直に従ってしまう。結局、好きなのだ。
だからこそ、ナツは怒っていた。先ほど例に挙がった事も勿論だが、それ以上に腹立たしい事がある。
「じゃー、どうして怒ってんの。言わなくちゃわかんねぇよ? 」
ナツの両手をはずし、はぁと大げさにため息をつきながらスティングはナツに理由を尋ねた。ナツは確かに一人で怒っている。スティングがどうして怒っているかは分からないのも無理はない。ナツは一瞬詰まるが、気持ちを固め息をのみ、吐き出すようにスティングに言った。
「……女みてぇ、って言わねぇ約束しろっ」
「はぁ?」
何を言い出したのかよく分からず、スティングは気の抜けた返事をしたが、ナツは引き下がらない。
「いいから!」
「言いません、言いません。ナツさんイケメンでかっこいー」
「そういうんじゃなくってだなっ!」
「言わないって。だから、どうしたの」
あまりにも迫真で迫ってくるナツにスティングは少し茶化してみたが、一歩も引かない。その普段とは違った必死さに違和感を覚え、スティングも真面目にナツの話を聞くため、俯きがちなナツの横顔をのぞき込む。
「……いつも、その」
「うん?」
「えっ、えっ、っ……えっち、ばっかで」
「……あー」
スティングは思い当たる節があった。会えばいつも性行為ばかり行っているのは気のせいでもなんでもなく、デートらしいデートといえば大した回数を行っていないのは事実だった。付き合った直後には何度かデート、そしてキスだけだったのだが、性行為を行ってしまったら最後、会う度会う度そればかりをしている。日頃逢瀬を重ねられないのも理由の一つだが、それ以上にナツとの身体の相性が合う、という訳も少なからず影響していた。
ナツも否定をしなかったのでそれでいいのか、とスティングは会う度に思っていたのだがやはりここに来て不満はぶちまけられる。納得はいく。
「その」
「エッチ自体が嫌なの?」
直接的に聞いてみると、首を横に振った。
「そ、っ……えっちぃのは、嫌いじゃねぇけど、そればっかってーのが」
「嫌なんだ」
「……」
今度は縦にも横にも首を振らないが、沈黙は肯定。否定しないナツに思わずスティングは苦笑をもらして、ナツの両肩に手をかけて自分の方に引き寄せた。ナツもそれに大人しく従って、スティングの腕の中に収まる。
「そっか。ナツさん、デートだけでもいいの?」
「えっと、その、そーなんのか?」
「そーなるかな」
漸く顔を上げたナツに、スティングはちゅっと頬にキスを一つ。
「たまには、……えっち無くてもいい」
「オレはしてーけど」
「オレが嫌なんだよ!」
「ふーん」
好きな人に会ったらシたくなるのは男の性だ。好きな人、ならまだしも今は恋仲で付き合っている。毎日、とは言わないもののせめて週4はしたいぐらいなのだが、物理的にそうもいかないので逢瀬の時にその欲望を思い切りナツにぶちまけたい。ただ、ナツの気持ちも分からないでもないが。
と、ここでスティングはある事を閃いた。何を、とは言わないが確信に近いものがある。確実にナツがこちらに堕ちてくる方法が。
付き合ってからもう一年は立つ。会える時間は少ないものの、その少ない時間の中でナツは快感と欲望に忠実なことはよく知っている。
コレを逆手にとればいい。スティングは企てを胸に、ナツに何事も無かったかのようにナツに優しくほほえんだ。
「じゃ、いいよ。次のデート、ナツさんの願い叶えたげる」
「本当か!?」
「うん、ナツさんがそうやって望むんならいくらだってしてあげる」
「お前はすぐそういうこと」
「だって、ナツさんの事好きだからなんでもしてあげたくなるんだって」
「…そんなもんなのか」
「そんなもん」
腕の中のナツに啄むようなキスを顔中に施し、視線が会う度に笑ってやる。ナツは恥ずかしそうに目をそらして、その甘い施しを受けながらスティングの言い分に納得していた。それに、スティングの思惑という裏があることなど、ナツは微塵も知らない。
***
クエストを多くこなしていると一ヶ月なんて、直ぐに終わってしまう。例の約束をとりつけた日にあっという間になってしまった。デートのコースは考えておくから、とすべてを丸投げにしたがそれで良かったのだろうか。自問してみたが、そんな事を考えられる時間もなかったのも確かだ。約束した待ち合わせに出向くと、スティングが軽く手を挙げてナツを呼び寄せた。
「ナツさーん」
スティングの姿を見て、ナツの心臓が一気に跳ね上がる。今日はいつもと違うデート。最初からとばして性交渉に持って行くデートとは到底呼べないような代物ではない、ごく一般的な、いわばデートと呼ばれるものになる。スティングの姿をみて、そう感じた。きっと、良い一日になる。ナツは口元だけ微笑んでスティングの元へ急ぐ。
「おー! スティング、待ったか?」
スティングの元に駆け寄ると、笑顔で返事をされた。
「ん、オレもさっききたとこ。今日は映画見て、飯食べて、街を歩く感じだけど」
「いいんじゃねぇの。オレが直ぐにそういうの思いつくと思ってる?」
「思わない」
「だろ。なら行こうぜ。……あっ」
ナツが何かを思い出したのか、声をあげた。デートプランを伝えたスティングは先に歩もうとしていたが、足を止めてナツへ顔だけ振り向いた。
「どうしたの? ナツさん」
「今日、どうすんだ?」
「泊まってくかってこと?」
「おぅ」
「宿、取ったから」
その言葉の裏側にある欲望は隠していない。隠していないが、ナツに悟られないようにはした。勿論、嘘ではない。遅くなるかもしれないから、と剣咬の虎のみなにギルドマスターとして伝えてきた。泊まる事は決まっているが、それは二人になるかも、とは無論伝えず。
スティングは微笑んで、ナツに答える。その様子を微塵も疑いもせず、返事をしたが。
「……ふーん」
「なにその間」
「なんでもねぇよ!」
その間をつっこまれて、思わず口調を荒げた。今日は絶対に、性交渉はしない。たとえスティングが宿をとってあったとしてもだ。そう心に決めていたナツの返事は、ナツの知らぬ間に間延びしていた。
「じゃ、行こっか。ナツさん」
「ん?」
「ん? じゃなくて、手」
「えっ」
普段から手をつなぐといったらベッドに縫いつけられる事ぐらいで、それ以外の時には繋いだ事もない手を今更、しかもこの往来の場でやるだなんてナツには考えられなかった。スティングを見ると、意志は固いようでナツが思わずぎょっとした声を出しても、引きはしない。断ったとしても、駄々をこねて、言いように言いくるめられてしまう自分の姿が見て取れる。はぁ、とため息を付いた。頼んだのはナツなので、文句を言う筋合いはない。ここは素直に従っておくのが賢明か。
差し出された手を、ナツは納得いかないながら手を出す。手を出された事に気分を良くしたスティングから一気に笑みがこぼれた。その笑顔に、動悸が早くなる。
スティングはこうして笑うと、年相応に幼くなる。普段はギルドマスターというギルドの長についているのでそれなりの対応をしなくてはならない時も沢山あるだろう。それを労ってやるのも、またいいのかも、とナツはその笑顔を見て考えた。やはり、スティングが好きなんだとナツは自覚させられる。
「行こ? ナツさん」
「おー」
そんなわけで、二人は映画館に行き、巨大なスクリーンの映像ラクリマで映画を見、それから軽く昼食をとって、街を歩く。映画の内容について少し話し、それからひたすらお互いのギルドの近況や、この一ヶ月の間何をしていたかを話した。
スティングは要所でナツに優しくする。例えば映画館でナツが寝そうになると肩を貸すように少しナツ側へ体を傾けたり、昼食は自分がお金を出そうとすると既に支払われていたり、今だって常に手をつないで、ナツの言うことを遮らずに、相づちを打つ。女じゃないのだから、そんな優しくしても何も出てこないし、お世辞も言えないぞ、と何度か言ったがスティングはどこ吹く風、気にせずナツをエスコートする。
コレが女なら、速攻スティングに落ちただろう、と普段からモテるのモの字もないナツでも何となく分かる。しかし、彼が選んだのは他でもない、ナツ自身で、ナツに優しくいつも笑いかけ、話しかけ、抱きしめる。
好きだよナツさん、大好き。甘い言葉だっていらないのに。
ナツはこうまでされるとさすがに困る。自分は何も出来ないし、どうしたらいいのだろう。そう言うと、スティングはナツさんはナツさんのままでいてくれたらいいよ、とだけ言って手を少し強めに握った。
きゅっと鷲掴みにされる。スティングは本当に自分を好いてくれているのだと、感じ取る。その瞬間、顔が赤くなるのを自分でも分かった。
あ、やばい。そう直感した。何がどうやばいかというと、ナニが、そうやばい訳で。きっとスティングはいつもこうだったのじゃないか。ナツは横にいるスティングの横顔をチラリと視線だけ送る。その視線に気が付いたのか、スティングが微笑み返してきて、更に顔が赤くなった。
町中なのに、何を考えているんだか。
「ナツさん? 暑い?」
「ちがっ……!」
「違うの? でも顔赤いし。宿行く?」
少し早めのチェックインをして、ナツを休ませるつもりらしい。そんな
事をされたら余計に、意識させられてしまう。
「い、いかねぇ!」
「でもさ、ナツさん本当に顔赤ぇし、やばいんじゃねぇの?」
「っっ……!」
スティングはおそらく自分の体調の心配だけをしてくれているのに、ナツはといえばよからぬ方向に考えてしまった。下心、ありまくりではないか。これでは、対してスティングと変わらない。
「ね、ナツさん、宿で休んで行こう?」
悪魔のささやきは、甘い蜜だ。ナツはその甘い香りに誘われるかのように、コクリと縦に一度頷かせた。
スティングは宿の部屋につくなり、驚かされた。勿論、ナツにである。いきなりナツがスティングをベッドに押し倒してきたのだから、驚かないはずがない。
それもこれも、こうなるように全て仕向けてきたからこそのナツの行動で、勿論スティングは宿に行ったらこうなることもお見通しだった。
しかし存外自分の考えていた時間より早かったし、てっきりこうなるのはっもっと夜が更けてからだと思っていたが、ナツはどうやら自制が効かないようだった。酷く興奮しているようで、緩いズボンを押し上げている熱が形を模してありありと分かる。その欲望をみて、スティングは笑うしかできない。こうも、簡単にひっかかってくれるとは。最高の気分だ。
「っ……スティ、ング……っ!」
「なぁに? ナツさん」
スティングには全て分かっていた。こうなるであろうと言う予想は、ナツが駄々を捏ねた時からこうなるだろうと思ってた。寸分も違わず、予想通りの反応をし出したのには多少驚いたが、そんな事よりも普段誘ってこないナツの誘惑は気分を興奮させるが、あくまでもそれは悟られず平然を装う。心の中でほくそ笑んだ。
「っ、ぁ、と…」
その一歩を踏み出してしまえば楽になるだろうに、理性が働いて言葉が踏みとどまっている。ナツはどうしてもその一歩が踏み出せない。自分から事を誘ってしまえば、駄々を捏ねた意味がなくなる。結局、するんじゃないか。はしたない欲望が滲み出る自分に叱咤をするが、本能は止まらない。
日中にあんなに優しくされ、甘やかされて、目一杯愛されて、これ以上何を返していいか分からないぐらい沢山愛情をもらった。目の前の恋人は、本当に自分の事が好きで好きで仕方がないのを馬鹿みたいに思い知った。だからこそ、今日は気分が高ぶってしまい止められそうにない。しかし、先日の台詞から始まった今日のデートだったのに、事に及んでしまうということは、つまり自分で破っても良いのだろうか。男に二言は無いとまで言い切ったのに。
ナツは下唇の裏側を噛み締める。言いたい。けど言えない。羞恥も相まってどうしても言い出す事が出来なかった。
そんなナツの様子を無表情で見つめているものの、ニヤけそうになる口元を必死に押さえつけているスティングは、頬をほんのり赤く染めるナツを舐めるように見つめている。
早く、落ちればいいのに。なかなか切り出せずにいるナツにそう思ってはいるものの、その気持ちが汲み取れない訳ではなかった。
だが、此方に堕ちるまでは絶対に言い出さない。それが、ナツが何を望んでいるか分かっているとしてもだ。ナツの口から、言われるのを聞きたい。欲してやまない、と言うことを。
「ナツさん、どうしたの? 」
態とらしいぐらい優しく問いかけて、俯きかけているナツの顔をのぞき込むようにして言った。
その声色の裏側には下心しかない。バレないように優しさを思い切り滲ませる。
その声にナツは肩をびくりと跳ねさせて、俯き掛けていた顔を余計下に向けた。言って良いのだろうか。恐らく、スティングなら許してくれる。そんな予感は何となくしている。この声色だ。恐らく心配も含まれているのだろう。突っ立って、何かを言おうとしている自分に、スティングはこんなにも。
ナツは覚悟を決めて、握り拳を作り一度ぐっと握り込んだ。言ってどうにか、なってしまえと半ばやけになりながら。
「スティング、っ、……したいっ」
「何を?」
「そのっ、……えっ、エッチっ……」
心中は高笑いの渦だ。ついに落ちた。笑みを絶やさず、スティングは目を細めたまま更に笑みを深くする。ナツが、堕ちた。欲望に負けて、自分を欲するその言葉を口にした。
普段は性の匂いを何一つさせていないナツなのに、こうも簡単に自分の手に落ちてくる。そう仕向けたのは自分だし、躾たのも自分だ。
背筋にゾクリと得も言われぬ背徳感が走る。たまらない。こうも快楽に従順なナツが、愛欲に溺れるだなんて。
スティングはペロリと下唇を少しだけ舐める。いつの間にか渇いてしまっていたのは無論自分もナツを欲しているからだ。これで望みは合致したが、さてこのまま素直に自分から動くのも少し癪た。普段から言い慣れない言葉を発したナツに、握られた拳を手に取って、両手で優しく包んでやった。
「いいよ。ナツさん、セックスしたいんだ」
「っ……!」
敢えてナツが選択しなかった単語をまざまざと言ってのける。その言葉に身持ちを堅くして、耳を赤く染めたナツは、ほんの僅かに首を動かして至極小さく頷いた。
「じゃ、オレ今日リードしねぇから」
「えっ? !」
「だってナツさん、前回したくねぇって言ったけど、結局する事になったし。オレ、する気なかったけどナツさんが必死になって誘うからするにはすっけど、」
「……けど? 」
「ナツさんが誘ったんだから、ナツさんがやってよ」
「っ……」
言葉に詰まる。スティングの理由は尤もで、ナツが否定する権利などどこにも無いのは明白だった。いつもなら誘うのも、リードするのも全部スティングでナツからするのは初めてだ。出来るだろうか。そんな一抹の不安がナツの頭を過ぎる。
ナツの不安そうな顔を、スティングは楽しそうに眺めていた。と、言ってもそれはあくまでも心中であって、実際に面に出しているのは呆れ顔。我ながら演技派だと自賛した。
そして、そこでナツに留めの一発を思い切りかましてやる。
「オレがいつも、シてるように、さ」
耳元でひっそりと、しかしながら熱を持って媚薬を流し込むように囁く。
途端、ナツは身を固くして顔を瞬時に赤く染めた。頬が痛いぐらいに熱くなる。
ナツはスティングにこれからする事を想像していた事をまるで咎められた気になった。
いやらしいね、ナツさん。そんな事何一つ言われていないのに。
息を飲み、腹をくくる。もうどうにでもなれ。宿に来てしまったのだから、泊まる以外やることはない。つまり、ナニをする。
「っ……ぜってぇ、気持ち良くさせてやんよっ」
いつもの威勢はどこへやら。虚勢を張るが精一杯で捨て台詞を吐いた。動悸が激しく、手が緊張で震える。羞恥心で頭がいっぱいだった。
ナツはベッドの縁に腰をかけているスティングの前で跪き、のろのろと服を脱ぎ出す。まずはトレードマークの鱗柄のマフラー。しゅるしゅると音を立てて床に落ちていく。スティングは見下ろす様に、静かにナツを注視した。まずは自分からなんだ。余計恥ずかしいのに、と口の端を若干つり上げて笑う。当然、ナツに分からないように。
次はジャケット。ファスナーで綴じられている胸元から下半身へゆっくりと下げていく。静かな部屋にファスナーの擦れる金属音だけが響く。
こんな昼間から。太陽光がカーテンも引かずに何をしているのだろう。背徳感が増していく。
自らの手によってはだけられて、日に焼けていない白い胸元がスティングの目に曝される。
いつもなら灯りを落とされた暗い部屋で行われる行為が、白昼の元にさらけ出されるこの開きにたまらなくゾクリと背筋に電流が走る。我ながら変態だ、とナツは自嘲気味に笑ったが、それは目の前にいる男がこうしたものであって、決して自分からなったわけではない、と言い聞かせた。実際のところは、その男に開花させられた、と言った方が近いのであるが。
いつもシてるように、と言われたのでいつもスティングはどうしていたか、と頭の中でいつもの情事を脳内だけで繰り広げる。まずは、服を脱ぐ。次は確か。
そう思い、自分の服は途中にして、スティングの服を脱がしにかかる。ファー付きのジャケットを脱がし、肩に掛かっているサスペンダーを外した。胸元までしかない首の浅いタートルネックも引っ張り上げる。ナツさん、乱暴だなとスティングは苦笑いをしたがそのまま続けた。
熱い胸板が晒される。自分とさほど年が違わないのに、若干厚みがある整った筋肉に思わず生唾を飲み込んだ。綺麗だ、と素直に受け止め、その健康的な肌にナツはスティングの首元に軽く歯をたて、噛みついた。
「いっ……!」
流石のスティングのこれには痛みを感じ、思わず声を出してしまう。どうして噛みついたのかは分からなかったが、痛いものは痛い。だが、噛みつくほどの独占欲がナツにもあったのか、と新しい一面を知ることが出来た喜びの方が上回り、表情は隠せずにやりとしてしまう。
これからどう持って行くのか。高みの見物をさせてもらおうか。どっしりと腹を据えて、スティングは何も言わずナツの行動を見守る事に決めた。
ナツは噛みついた歯形をなぞるように舐める。少し血が滲んで、舌先に鉄の味を感じた。それさえも快楽に変わっていく。
今度はちゅっちゅとリップ音をさせながら、胸筋に吸いついた。赤い跡をちらし、ゆっくりと下半身に下りていく。
「腰、浮かせろよ」
「ん」
少しだけ立ち上がり、ナツの言われたとおりに腰を浮かせるとナツが一気に下着ごと足首まで引きずり降ろされ、性器が露わになる。まだ勃ちあがっていないスティングの自身は柔らかく垂れ下がっていた。
ほぅ、とナツが自然と光悦の表情を見せる。コレを今から自分の手で起きあがらせる。そう思うと胸が高鳴る。普段から攻略しないダンジョンを、攻略するような、そんな得も言われぬ快感がナツの身体を駆けめぐった。
ナツは性器に優しくふれる。その途端、スティングがビクリと身体を跳ねさせ勢いでベッドに座り、スプリングが軋んだ。同性なのだから、弱点は分かる。
そのまま両手を使い、片方は竿、片方は玉を揉む。やわやわと優しく揉むと緩やかに熱を持ち始め、徐々に硬くなっていく。その事に異様な嬉しさを感じ、さらにそのままむにゅむにゅと揉む。俯いているスティングの表情は暗くて読みとれなかったが、少なくとも気持ち悪いわけではないはず。現に今、性器が勃ちはじめているのだから。
ナツは熱を帯び始めたスティングの自身に今度は両手をかけ、ゆっくりとしごき始める。すでに透明な先走りが少し見えており、それを人差し指ですくい取って、自身にこすりつける。
普段コレは自分がされていることで、スティングにはしたことが無かったが自分はコレが恥ずかしいが好きだし、スティングの手淫は何より気持ちよかった。それを思い出して、今度は自分が施してみる。
が、思いの外先走りが出てこず、うまいこと手のひらが滑らない。ローションは一応用意してあるが、あくまでもあれは自分に使う用でスティングに使いたくはない気がした。
あっ、とナツはここで思いつく。片手を離し、跪いていた身体を更に屈めて顔を自身に近づけた。すん、と思わずにおいを嗅いでしまったが独特の体臭の臭いが入り交じって、なんとも言えない。小さく舌を出し、ぺろりと性器をなめると、少ししょっぱかった。出していた舌を引っ込めて、そのまま口を開けると自身の亀頭を招き入れる。口は大きい方だが、それ以上にスティングの自身が大きく口に含んではみたものの、これ以上進めるかは自信がない。
歯をたてず、ゆっくりと唇でしごいてみる。想像以上にきつい。スティングはいつもこんな風になめていたのか、と改めて感心させられる。
こちらが口淫しようか、と持ちかけるといつも無理しなくていいからと断っていたのも何となく分かった気がする。
「っ……!っ、ぅあ……っ……!」
スティングが小さく呻き声をあげる。その声の反応にナツは顔をあげ、スティングをじっと見つめた。
ここで漸くスティングが目を合わせてくれる。その事に安堵を覚え、スティングの自身を咥えたまま微笑んで、また口淫に戻る。唾液の量が多くなり、水音をたてながら頭を振ってしごいていく。唾液と、先走りで含みきれない体液が、口端の隙間から伝ってくる。なりふり構わず、スティングの自身に愛撫を施した。
「っぁ……!ナツ、さっ、っ……れ、やべぇっ、てっ……!」
ぎゅっとシーツを掴みなんとかやり過ごそうとするが、ナツの愛撫は想像以上に良く、ナツの頭を掴んで乱暴に押しつけてやりたくなる衝動をなんとか押さえて、全身で掴んでいる手のひらに衝動をやり込める。
ナツはその答えに味を占めて、今度は片手で性器を擦りはじめる。
さすがにそれは不味い、とスティングはナツの顔をひっつかんで口から自身を引き抜いた。
咥内いっぱいに含んでいた性器がなくなり、一抹の寂しさを覚えるナツは、少しむすっとしてスティングを睨んだ。
「オレがやるんじゃねぇのかよ」
「このままじゃ出るから。オレ、ナツさんの中でイきてぇの」
「……ぅー……」
多少納得はいかないものの、スティングがそうしたいのならと諦めた。
「じゃあ、ベッドで仰向けになれよ」
「はいはい」
「はい、は一回」
軽口を叩くスティングを促して、自分もベッドに乗り上げる。
シングルベッドは二人分の重さを吸収して、悲鳴を上げているが知ったことではない。
スティングが喘ぐ姿を見て、ただひたすら興奮していた。いつも自分を暴くこの性器がこんなにも愛おしいものなのかと。早くこれで中を思い切り突かれて、気持ちよくなりたい。はぁ、と熱っぽい吐息を漏らしてしまう。
仰向けに寝そべったスティングに馬乗りになったナツは、脱ぎかけていた服からパンツから全てを脱ぎ、全裸になる。そのままスティングの手を胸に当て、胸の突起をスティングの手袋で覆われている手のひらで擦る。
青みがかった黒の手袋の繊維がナツの突起に擦れる度に、吐息が漏れてしまう。皮膚とはまた違った感触に、ナツの欲望はいとも簡単に完全に勃ちあがってしまった。
「っ……あっ、……!」
スティングが手のひらに力を入れないのも、もどかしい。触って欲しい。先をカリカリとひっかいて、硬くなった突起を親指と人差し指でいじって欲しい。欲望が一度湧き出ると、あふれ出してしまう。
口に出して言わないといけないのか。ナツは恥ずかしさに頬を少し赤くしたが、唾を飲み込み震える唇で、言葉を紡いだ。
「……ってぃんぐ、…」
「なに? 」
スティングは余裕の表情でナツのせっぱ詰まった表情を受け入れる。勿論自身は立ち上がったまま、そしてナツの臀部に押し当てている。その熱さも興奮の要因の一つだろうが、この淫乱さを引き出したナツ自身が、自分に向かって懇願してくる。
これが、見たかった。切なそうな表情で、頬を上気して、普段のナツからは考えられないほどの淫靡な顔は自分だけの物だ。それを引き出しているのはナツ、本人なのだからそれも驚きなのだが。
「乳首っ、……触っ、っほし……」
「どんな風に? 」
ナツの目が思わず見開いた。そこまで言わせるのか、と言わんばかりの表情をしたがスティングはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているだけで、なにも言わない。何も言わないのがつまり答えで、ナツが言葉に出して言わないと事は進んでいかない。下唇を噛みしめて、言わんとするが自分が欲望に負けそうだ。というよりも、負ける。確実に。
「っ……! 爪で、……っカリカリ、してっ……、」
「それだけ? 」
「っぅうう……! ぜってぇ、後で、覚えとけよっ……! 、……抓って、弄れっ、バカスティング……っ、!」
羞恥心より欲望が勝ってしまった自分も相当だが、ここまで言わせるスティングもおそらく相当だと、切れ切れの思考でナツは思った。よく言えました、とスティングは目を細めて笑い、手袋を引き抜いて直接指先でナツの突起を弄る。途端、ナツの身体がビクリ、と大きく揺れて目を伏せて喘ぎ出す。待望の、快感がそこにはあった。
「っあ……! っ、んっ、……、っあ、あっ、……スティ、っ」
ナツは気が乗ってくると声を漏らす。その事はナツ自身が一番良く知っていたし、今乳首を捻って、抓って、はじかれている男にイヤと言うほど知らされた。
乳首が痛みを感じる度に腰が揺れ、じわりとナツの勃ちあがった自身にじわりと先走りが滲む。そちらには全くふれず、あくまでも両方の突起を弄り続けるスティングにナツはしびれを切らし、自分から指示を出した。
「、下もっ…!」
「前だけでいいの? 」
「っ……後ろは、……はぁ、自…ぶ、っで……、ぁっ、やっからっ……」
へぇ、と思わずスティングは声を漏らしてしまった。性器の名前まではさすがに言わすのはどうかと思い、そこはナツの自主性を促したが、案の定ナツは口に出さなかった。それよりも、当たっている熱に当てられて中が疼くらしく、自分で解すと言ったことの方に驚きを隠せなかった。
ナツに言われた通り、片方の手を突起から離すと赤くぷっくりと腫れている。はじめのうちは痛い、と言っていたナツもいつの間にかかなりキツめに弄っても痛いどころか喘ぐようになったのだから相当な素質があるのだろう。
自身に手を掛けて先走りを利用して、ナツの性器を緩やかに扱きあげてやる。
ナツの目が一瞬見開かれ、弓なりに背がしなる。
「っあっ、んっ!やぁ、スティっ、あっ、あっ、やだぁっ……っ!」
否定せず、受け入れればいいものを。そこがナツらしいというか強情というか。可愛い一面でもあり、やっかいな面でもある事は重々承知だが、こういう濡れ場に使われると、腰にクるものがある。それでも、良い、とたまには言って欲しいものだが。
スティングは否定するナツを受け入れず、そのまま徐々に手の動きを早めながら、もう片方の手はそのまま突起をいじり続けた。
その間にナツはカウパーが尻まで垂れているのを確認し、少し腰を浮かしそのまま自分で指を秘所へゆっくり息を吐きながら入れる。息を詰めてしまうと、中が解しにくくなってしまう。まずは指を受け入れなければ、と人差し指を埋め込んでいった。
「んっ、……っ……っあ、っ……」
「ナツさん、キツくない? 大丈夫? 」
「っ……ロー、ションっ、」
「えっ」
「オレ、んっの、服の中っ……!」
スティングは耳を疑った。まさかローションを用意してくるとは。まさかここまでとは思ってもおらず、さすがに驚愕したが、ベッドの上に脱ぎ捨ててあった服をまさぐり、小瓶を発見する。半透明の液体が、なみなみと入っているのは恐らく一回分ぐらいか。
小瓶の栓を抜き、ナツの手のひらに全て掛けてやる。ひんやりとしたヌルリと滑っていく液体にナツはビクリ、と身体を強ばらせたが直ぐに人肌まで暖まり、秘所は指を受け入れていく。息を浅く吐いていたナツも漸く深く息が出来るようになって、息をついた。
「用意、いいんだ」
「っる、せぇ……っ! っあ、んっ、んっ! んっ、……ぅあっ、!」
いい場所に当たっているのか、それとも前も後ろも、そして胸も弄られているので気持ちいいのかは分からなかったが、ナツの声が少し高くなる。そろそろ達しそうか、と頃合いを見計らい両手を引き、そのままナツの指が埋まっている秘穴へ、スティングの指も一緒に埋め込んでいく。
「ふぁあっ……?! 、おまっ、……っあんんっ、!」
突然増やされた質感の違う指に、戸惑いを隠せず叱咤しようとしたが、ナツの良い場所を指の腹で擦りあげられ、そのまま何度かぐりっと力任せに押されると、ナツの声が押さえきれなくなり、叱咤どころでは無くなってしまう。
甘い責苦になんとかやり過ごそうとするが、スティングは容赦なく責めてくる。今日はリードしろっていったくせに。
ずるり、と指を引き抜かれ、そしてナツの指も引き抜かれてスティングの熱くなった自身を秘穴の入り口へ宛てがわれる。引き抜かれて物足りなくなった入り口はぱくぱくと物欲しそうに自身を招き入れはじめるが、スティングは入り口から滑らせて挿れようとはしない。
先ほどまでの責めはどこにいったのか、というぐらい甘美に焦らされる。スティングの性器が入り口からはずれる度に、ナツからは切ない吐息が唇から漏れる。早く、内に欲しい。
そう思うと行動は早い。ナツはスティングの腹に手を突き、快感で震える足を無理矢理たたせて、スティングの自身を片手で固定し、入り口にしっかりと宛てる。指とは比べものにならない質量感に、息を詰まらせるが、吐き出してゆっくりと内に招き入れた。ヌルリとローションのぬめりを利用して、スティングの性器が含まれていく。息を吐き出し、時々浅く息を吸っては深く吐き出し。その繰り返しでゆっくりと埋め込む。ぴったりと肉壁がスティングの自身に絡みついて離さない。
全部を埋め込んで、一番長く息を吐く。普段の体位とは違って、直に性器をありありと感じる事が出来るのは嬉しいような、恥ずかしいような。
その様子を見ているだけだったスティングに、ナツは一度笑いかけ、ゆっくりと腰を上下に動かし始めた。
気怠く重い腰を上げては降ろし、あげては降ろす作業。なのに、内壁が肉棒で擦りあげられて、酷く気持ち良い。
「っあ、っ、あっ、すてぃ、っ! んっ、あっ、やぁっ……!!」
自分で腰を動かしているだけなのに、こんなにも気持ちよすぎて脳内が白くぼやけていく。視界がかすみ、ボロっと涙が出てくる。疲れているのに、身体中がもっともっと、とスティングが求めているのが分かる。
「っ、…あっ、スティ、あっ…あっ…っ! やだぁっ、すてぃんぐっ、手っ…!!」
ナツがスティングに手をさしのべる。スティングは不思議そうにナツの手をみたが握って欲しいのだろうか。スティングがナツの手を握ると、握る所か指を絡ませて、深く手を握られた。どこも彼処もつながっていたいのだろうか。
「っ、なつ、さんっ」
「あっ、やだぁっ、……! 腰、とまんなっ、……! すてぃ、気持ちいっ、……、! や、ぁっ……! 気持ち、いっ……!」
ブチン、とスティングの中で何かが切れる音がしたのと同時に、スティングは上半身を起きあがらせて、ナツの唇に噛みつくような口付けをした。口付けなんてそんな生やさしいものではない。飢えた獣が、食い漁るようなそんな、口付け。舌でナツの咥内を荒くかき乱す。それに呼応するかのようにナツの舌も、スティングの舌と絡ませる。その間も、律動は忘れない。
「んんっ……! ふぁっ、んぅ……、っぷぁっ……んうぅ……、!」
「っ、はぁ、ナツさ、っ……、ナツさんっ……!」
キスの角度を変える度、ナツの名前を呼ぶ。もうリードなんてどうでもいい。ここまで煽られるだなんて思っても見なかったスティングは、ナツの律動に合わせるように、腰を突き動かす。がんがんと内壁に自身を押し当てるように。キスをしながらうまく息が出来ないナツは、声にならない声をあげることしか出来ず、絡めていた指を解き、スティングの首に腕を回して激しい律動をやり過ごそうとした。
「あっ、や、っ、んっ、っスティング、すてぃんぐ、出るっ、っ出るからぁっ!、あ、やだっ、もっと、っ……!」
「っ、オレもっ、あとちょっとだから、っ、一緒に、イこ、? ナツさ、ん、」
より腰の動きが激しくなり、お互いが昇り詰めていく。ナツはスティングの名前を、スティングはナツの名前を無我夢中で呼び続けた。
「やっ、やだぁ、も、イく、っ、イくっ……っっ!!」
「っっ……!!」
一番奥をえぐられ、ナツはついに達した。精液を思い切りスティングの腹にとばし、中を締め上げるとスティングも一緒に達した。
***
「……」
「ねー、ナツさん。なんで怒ってんの。不満だったの?」
「……」
結局、行ってしまった性行為の後処理をし終え、ナツは再びふくれっ面に戻った。その理由が皆目検討つかないスティングはため息をつきながらナツに尋ねる。
「……結局リード出来なかったじゃねぇか」
「えっ、そっち? 」
「そっちってなんだよ」
「てっきり、……あー、いいや」
「なんだよっ! 言えよ!」
ぎゃあぎゃあとわめくナツに、スティングはナツをぎゅっと真正面から抱きしめた。突然のことに喚いていたナツも閉口してしまい、スティングを見る。
「ど、どした? 」
「ん? ナツさん積極的でかわいかったなーって思い出してた」
「んの、馬鹿!!」
ちゅっと、ナツの唇に触れるだけのキスをしてスティングは悪戯っぽくナツに微笑んだが、ナツは納得がいかないらしい。
結局ナツはスティングの願いは聞き入れてしまうし、スティングはナツに甘かったりと上手くは行かなかったが、お後はよろしいようで。
ぎゅっと 2015/5発行再録