スティングと付き合い始めてしばらく経つ。
 オレのことを慕ってきて、ナツさんナツさんと目をキラキラと輝かせていってくる様は、案外嫌いじゃ無くて、気がついたらアイツを目で追いかけていた。剣咬のギルドマスターで忙しくても何かしら用事をつけては妖精の尻尾に遊びに来るたび、何か喋って飲んでから帰ってく。滞在時間は10分もない。それでも顔を出してくれるのは嬉しかったし、何よりスティングに会えることが嬉しくなっていた。
 それから何度か顔を出したあと、いつだったかギルドの隅でスティングにキスされた。え、と思ったけど気持ちよかったしいっかって。良くは無いだろうけど。スティングはにんまり笑って、ナツさんと小さく呼んだだけだった。
 あとは想像の通りだと思う。デートしたり、抱き合ったり。これが付き合うっていうものなんだと初めて知った。スティングは知っての通りたれ目で、金髪で、女にもてそうな顔をしてるからしょっちゅう町の中で女に声を掛けられる。セイバーのギルドマスター好きです、と言って贈り物や手紙をよく貰っている。オレの横で平気で渡されるから、多分そういう関係に見えていなくて、周りから見たらただの友達だと思われているんだろう。別にいいし、優越感は特に持ってなかった。それでもスティングはオレばっかりに夢中で、貰った手紙や贈り物は直ぐに捨てちまうけど。
「ナツさんは、なんか欲しいもんある?」
「は?」
 ギルドマスターのスティングは自分が思ってる以上に忙しいらしく、会えない日が続いて昨日久々に会えた。それから激しく求められ、自分も求めてしまう位にはずっと抱き合っていた。スティングはひたすらオレを気持ち良くすることばかり考えてくれているらしくて、出ないっていっても出そうとしてくる。そう考えるとちょっとどころかかなり最低では、と思うがそれ以上に気持ち良さが勝るのでどうでも良くなってしまう。スティングに仕返しと言わんばかりにオレも舐めるが、いいよナツさんは気持ち良くなってくれるだけで嬉しいから、としか言わない。口を歪めて、改めて咥えて舐めてみてもいつも同じことしか言わない。
 事が終わってからスティングの匂いがそこら中についているベッドのシーツにくるまりながらだらだらと過ごしていると、柔らかい枕の上に肘をつき、前腕と手で頭を支えて寝転びながらこちらを見ているスティングの青い目とぶつかった。
 突然欲しいもの、と言われても勿論出てくるはずがない。オレは聞き返してしまった。
「んだよ突然。そんなの出てこねェって」
 スティングの整髪料と、香水それから体臭がほのかに混じった枕に顔を埋めながら答えるとスティングが目をそらして何かを考えこんでいるようだ。
「そもそも、お前突然欲しいものって聞かれて出てくるか?」
 そういったものは例えば何かの記念日に送るのであって、特に記念日らしい記念日を思いつかない。自分の出自が出自なので誕生日もよく知らない。しいて言えばクエストでの記念品が思い出として残るので、それを集めるのは好きだったが今はいわゆる恋人の営みなわけでクエストではない。
「んー、ないかも」
「ないなら聞くな」
 スティングがそれ以上何も言わず、しかし何かを含んでいる笑い方で微笑みかけているのは妙に気がかりだったがスティングの頭を支えていない手がオレに伸びてくる。顔を無理やり横へ向かされるとスティングの整った顔面がオレの顔に近づいてきた。若いって凄いなと見当違いなことを考えつつ、オレは瞼を閉じて薄く唇を開いてスティングの舌を招きいれた。
 
「ナツー」
「どうしたハッピー」
 妖精の尻尾のバーのカウンターでドリンクを飲んでいると相棒のハッピーがふよふよと飛んでやってきた。今日はエクシード隊を作り、どこかへ行くという話だったのでオレも手持ち無沙汰で何をしようかと考えているときに話しかけられ、声がした方向へ顔をやったが姿が見えず床に視線を向けるとウェンディの相棒シャルルと、ガジルの相棒のリリーがそこにいた。
「あのね、ナツ。今日オイラたち、フロッシュとレクターのとこに遊びに行くんだけど」
「おーいいじゃねェか」
「それで、ナツについてきて欲しくて」
「ほかのやつは?」
「ガジルはレビィと一緒にクエスト、ウェンディはシェリアと一緒にライブ活動があるらしい」
 リリーが補足をすると、オレは思わず腕組みをしてしまった。別に剣咬へ行くのは嫌じゃないが、スティングに会うのがどうしても気が乗らない。二人だけで会うのは嫌いじゃないが、ハッピーたちの頼まれごと、つまりは警護に当たるんだろうがエクシード達を引き連れて満面の笑みでスティングに会う、という想像がつかなかったからだった。
 とはいえ今日はやることもない。ホールのバーカウンターで暇をつぶしていても仕方がないので、オレは持っていたジョッキを置き、ミラにごちそうさまと伝えてしぶしぶ立ち上がる。
「仕方ねェな。でもリリーいるだろ。オレいらなくねーか?」
「そっ、それは」
 リリーがオレから目を反らし、シャルルを見ている。シャルルはそんなリリーを横目にして、オレに真っ直ぐ視線を投げかけた。
「リリーだって長くはあの大きい体になれないでしょ? だからナツにお願いしてんのよ」
 なるほどな、とオレは納得した。以前リリー本人だったかハッピーだったかは忘れたが、あの戦闘の際にエドラスに居た頃の背格好になるのは、結構な気合いがいるらしくそれなりに大変な為非常時にしか使えないらしい。もしハッピーたちが悪い奴らに襲われてリリーだけ戦う事になったりしたら、少しの時間なら大丈夫だと思うがそうじゃなくなった時を考えると確かにオレが必要かもしれない。
 シャルルの意見に首を縦に振って、ふわふわと浮いているハッピーに目配せするとハッピーの顔面にはみるみる笑顔が浮かんできた。
「行くんだろ?」
「あいっ!」
 誰に何を頼まれてもいいようにいつも携帯しているカバンは既に持っており、決まったら即行動。オレとハッピー達のエクシード隊一同は剣咬がある場所へ訪れることとなった。
 
「ほんと汽車嫌い」
「もーしっかりしなさいよ」
 相変わらず汽車は苦手だ。剣咬がある場所まではどうしても汽車を使わねばならず、乗り物嫌いのオレは極力避けているものの、依頼でどうしてもならなくちゃ行けないときは我慢して乗ってはいるがやはり慣れないものは慣れなかった。スティングと会うときは大抵あっちからギルドにやってきて、そのまま何処かに行くか自分の家に行くかの選択をしているのであまり気にしていなかったが、あの物好きはよく遊びに来てはローグに怒られそのまま自分と一緒に泊まって帰る、を繰り返しているらしい。剣咬のギルドマスターなのに忙しくないのか、といつも思うがほかのやつに仕事を押し付けて自分は来ている、と言っていたような気がする。まったくスティングらしい。
 改札外に備え付けられているベンチでしばらく横になって休んでいると気持ちも落ち着いてくる。まだ大勢の人がいるのであいつの匂いは見つけられていないが、この場所にスティングがいると思うと気持ちが落ち着かない。曲がりなりにもオレがスティングの恋人を出来てるということなのだろうか。顔面にかけられているタオルの下で少し頬が緩みそうになるのを感じた。
 そのかけられているタオルがハッピーの青い小さな手によって外され、オレは顔に気を引き締める。
「ナツ大丈夫?」
「あ、ああ。そろそろ大丈夫だ。ありがとな」
 心配そうに眉山を下げながらこちらを伺うハッピーに対して、オレは上半身を起こしながらベンチに腰をかけハッピーにお礼を言うと、隣のベンチに座っているリリーにオレが起きたことを伝えに行く。ベンチの下から様子を見ていたシャルルが腕組みをしている。随分と長い時間待たせてしまったようで、ごめんな、と言うと呆れた顔で視線を街へ向けた。
 駅前だけあって行き交う人が多い。オレもシャルルと同じように駅へ吸い込まれていく人々を眺めた。
「いいの。ウェンディも乗り物酔いの魔法を自分にかけるけど、やっぱり苦手みたいだし。普段からウェンディと一緒にいるから慣れてるわ。……やっぱり心配になるでしょ。早くきて良かったわ」
 シャルルもウェンディが酔うといつも心配しているように、自分にもその感情を持って接してくれたことが嬉しかった。普段からあまり話すことがないシャルルはハッピーよりも大人びていて、時折自分よりも大人なのではと思うことがある。他の奴がどう思っているかなんて勿論関係ないが、それでもこうして仲間として受け入れられているのは嬉しかった。
 オレは立ち上がって、一度大きく伸びをする。するとエクシード達も足下に寄ってきていよいよ剣咬のギルド会館へ向かう準備を始める。
「何時に着くって言ってあんのか?」
「通信用ラクリマで、今から向かうとレクターに連絡した」
「さすがリリー」
 エクシード達と同じ目線になるようにしゃがみ込んでリリーが持っていた薄い小さな板型のラクリマで連絡をとっているらしく、直ぐにレクターから返事が来た。確かにこれがあると便利だとは思うが、自分は直ぐ壊しそうだし今に余り不便さを感じていないのでもう少し先でいいかと思い手にしていない。リリーの画面をのぞき込むように、ハッピーが背後からやりとりを物珍しそうに眺めていた。
「じゃー行くか。あいつらも待ってんだろうし」
「そうね」
「あいっ!」
「ああ」
 しゃがんでいた膝を伸ばし、立ち上がってエクシード達を引き連れて剣咬を目指す。駅からは目と鼻の先で、少し歩けば着くらしい。らしいというのもオレは数回しか訪れたことがなく、大抵駅にはスティングの迎えがあったからだ。そういえば一回駅の改札で抱きしめれたことがあったっけ。あの時はまだ付き合ってなかった気がする。そういう感情をまだ知らない時で人目がたくさん有るところで抱きしめられて驚いて声が出なかったし、スティングは名高い町のギルドマスターということもあって顔も勿論知られているので、行き交う人がみんなこちらを好奇の目で見ていたのを思い出した。あれは流石のオレでも恥ずかしかった。
 ハッピー達は仲睦まじげに思い思いのことを話している。今日の宿はどんなところだろうとか。夜のご飯なんだろうとか。レクターやフロッシュは元気かな、とか。日帰りじゃないことを今知ったことはさておき、そろそろ剣咬のギルド会館が見えてくる。妖精の尻尾のギルド会館が少し古めかしいと言うなら、剣咬の会館は比較的新しく、今風な建物になっている。自分たちが居ないときに名声を欲しいままにしていたらしいのでその際に改築等をすれば確かに綺麗だとは思う。
 門の入り口に黒い影が佇んでいる。足下に目線をやるとカエルのかぶり物を着たエクシードが何やら熱心に話しかけ黒い影がうんうんと真剣に聞いていた。
「フロッシュ!」
「あ、ハッピーだ」
 ハッピーが名前を呼ぶと、話しかけていたエクシードがこっちを向いて駆け寄ってきた。リリーとシャルルもハッピーの続く。その様子をオレと、門の石柱にもたれ掛かってる男に話しかけた。黒いマントに黒い髪。腕組みをしながら優しい目線でフロッシュを見守っている。
「ローグ」
「やっと来たか」
 視線とは裏腹に、オレに掛けられる声はいつもと同じ平坦な声だ。オレがハッピーを大事にしているようにローグはフロッシュをとても大事にしていることをスティングから聞かされていた。お使いの時は、何をやっても褒めてまるで親バカみたいだったと半ばげっそりしながら話していたのを思い出す。
 オレは気にすることなく、話を続ける。
「ハッピー達を迎えに来てくれたのか? ありがとな」
 ローグにお礼を伝えると、フロッシュに向けていた視線をあげこちらに疑問の色が浮かんだ視線を寄越し、ローグは頭を軽く横に傾げた。
「聞いていないのか?」
「何を?」
「……」
 ローグは手をマントから出して、顎を触りながら何かを思案しているようだった。オレも釣られて頭を横に傾げたが一体何の話か分からず、わいわいと喋りに夢中になっているハッピーに声を掛ける。
「ハッピー、何か知ってるか?」
「あー……」
「つまり、驚かそうという魂胆だったのか」
「うん」
 言葉を選ぼうとしているらしいハッピーに、ローグが横から力添えしたらしくハッピーは素直に縦に首を振った。オレは何が何だかさっぱりで、頭の上に疑問符がたくさん浮いている。腕を組みながら一人自体が飲み込めないでいると、今度はシャルルがため息を大げさについた。
「悪いと思ったけど、剣咬のマスターがアンタを内緒で連れてきて欲しいって言われて」
「丁度、フロッシュ達と会う約束もしてたから。ごめんね、ナツ」
「お前をどう連れてこようかと悩んだが、良い理由が思いつかず、結局ウソをつく羽目に」
「あー、リリーがあの時困ってたのはそういうことだったのか」
「ああ。すまないナツ」
 ここまでの事情を白状するシャルル、ハッピー、そしてリリー。フロッシュは目を潤ませているがなんだか自分まで嘘をついている気になっているのだろう。そんなフロッシュを今度は困った目でローグが見ている。どう言葉をかけていいか考え倦ねているようだった。
 オレはハッピー達三匹の前にしゃがみ、頭をそれぞれわしわしと雑だけど優しく撫でてやる。頭の毛並みがそれぞれ違って、掌に当たる感覚が気持ち良い。
 三匹も頭を撫でられるのは嫌いではないらしく、目を細めて享受してくれた。
「別に気にしてねーって。リリーが大きくなれんのもちょっとなのは分かってっから。それに会う約束してたのも嘘じゃねェんだろ?」
「もちろん!」
「だったら、嘘ついてねェよ。オレに警護の依頼をして、剣咬まで無事到着する。これでクエスト達成ってことじゃねーか?」
「ちょっと違う」
 ブーツの踵の音を鳴らしながら石柱にもたれ掛かっていたローグがこちらまで寄ってくる。フロッシュを抱き上げ、オレと同じように頭を撫で始めた。オレはローグの逆行になって影になった顔を見上げる。
「ちょっと?」
「スティングにお前を連れてこいと言われていた。だからハッピー達と約束を取り付けた。そうでもなければ汽車に乗らないだろう。いつもあいつが妖精の尻尾へ行くばかりだからな。今回もそれでも良いと本人は言っていたが」
 この依頼は恋人からのものだったのか。ローグの全容の説明でここに来てようやく全ての糸が繋がったと思った。オレはもう一回三匹の頭を撫で回してそれから折っていた膝を伸ばし、立ち上がる。恋人の意図は未だに分からずじまいなので、本人の口から理由を聞かないと気が済まない。頭を撫でられていたフロッシュは再び降ろされ、ハッピー達と再び話始めたようだ。ローグに顎だけで来い、と促され後ろをついて行く。
 何を思って呼んだのか。オレにはまだ理由は分からない。
 
 やりとりしていた門から直ぐ目の前にあるギルド会館へ立ち入る。どこのギルド会館もそうなのか、フロアは木材、テーブルも木材。ただ妖精の尻尾と違っているのは落ち着いた色合いしているところだった。前任者がそういった趣味だったのかもしれないが、もしかしたら今の剣咬のマスターの趣味かもしれないと全く違うことを考えながら恋人の後ろ姿を視線だけで探す。あの輝くような金色はどこに居ても目立ち、またあの整った顔面がそうさせているのかあの容姿がそうさせているのかは分からないが直ぐに見つかった。
 ローグもほぼ同じくしてスティングの後ろ姿を見つけたようで、急ぎ足で人をかき分けていく。一般人も入り乱れ恋人の声がかき消すほどの活気のある会館は、そこかしこに笑い声が響く。こうした生き生きとしたギルドを様子を見ているのはとても楽しく、そして妖精の尻尾に早く帰りたいという気持ちがわき上がった。
「こっちだ」
 ローグに手招きされてスティングの元へと向かう。オレが到着したことをしらないスティングはどんな顔をするのだろうか。気になって仕方がなく、必然的にオレも急ぎ足になった。
 巨体を押しのけ、その先でギルドの奴らと談笑しているスティングの横顔が目に映る。形の良い耳と、破顔した横顔。改めてオレはスティングのことが好きだ、と今更ながら自覚した。あの横顔がオレだけの恋人だなんて。恋なんてよく分からないものとほど遠いところにいると思っていたのに、それを象るようにさせたのは間違いなくオレに気がついていない剣咬の虎マスターのスティング・ユークリフだった。
「ロー……、ナツさん!!」
 ローグが手を上げ、それをスティングが見つけた。その視線の先にオレが映ったみたいでスティングは大きな声を上げて立ち上がる。嬉しそうに目を細め大きく手を上げてオレへとアピールをするスティングは、大きな犬みたいだった。こういう時に見せる無邪気さはオレは好ましく思ってる。素直に慕ってくる姿はスティングの良いところだと思ってる。
 オレはちょっと照れくさくなり、頬を軽くかきながら目を逸らして小さく手を上げた。
 ローグの後ろをついていくと、スティングはユキノとミネルバとテーブルを一緒にしている。
 ユキノとミネルバはオレの名前を呼んだことに驚いているのか目を丸くしながらまじまじとスティングを見ていた。
「来てくれたんだ」
「お前が呼んだってな」
「うん。ハッピー達を利用したみたいでごめん」
「理由があんだろ」
「……ああ」
 ユキノとミネルバに軽く手を上げ挨拶をしながら空いていたスティングの隣の椅子に座る。スティングはジョッキを手にしながら白い飲み物を口にしていた。何かは知らないが白いものが好きなこいつの事だから、きっとお気に入りなんだろう。
「あの、大変申し上げにくいのですが」
「なに?」
「……場にそぐわなさそうなので、止めておきますね」
「妾は尋ねて良いと思うが?」
「いえ、それはちょっと」
 オレたちに何か聞こうとしたユキノは意を決したようにスティングへと口を開いたが、視線を彷徨わせて結局止めてしまった。何が聞きたいかは分からなかったが、自分たちが付き合っている事でも聞きたかったのだろうか。スティングにもし尋ねてこの場で返答するとは思えなかったが、結局は問われなかったのでこの話はなかったことにした。
「妾達は向こうで飲むとしよう。行くぞユキノ」
「レクター様、ご一緒にいかがですか?」
「行きます!」
 二人と一匹はおもむろに立ち上がり、椅子の上に立っていたレクターをミネルバが脇に手を差し込んで床に降ろし違う席へと移動してしまった。
 案内してくれたローグもいつの間にか居なくなり、テーブルにはオレとスティングの二人だけとなっている。男同士で肩を並べて隣に座っていいのはカウンター席ぐらいで、わざわざテーブル席で並べているのはどうかと思い向かい側の席へと移動しようと立ち上がると、スティングに手を指ごと握りこまれた。スティングはオレを見てはおらずどこか一点を見つめながらちびちびと飲んでいる。え、とスティングと握られている指を交互に見るとスティングはジョッキを机に降ろして、スティングの片耳だけのピアスが小さく揺れ動く。
「ちょっと場所、変えようぜ」
 
 外に出てくる、と石柱から植えられていた木陰で休んでいたローグに手を上げながら声を掛けると、ローグから返事こそなかったが小さく縦に首を振りそれから手を上げフロッシュ達の相手を再び始めた。エクシード達の相手は嫌いじゃないらしく、相変わらずフロッシュとハッピー達はわいわいと何かを喋り通している。楽しそうで何よりだった。
 スティングについてきて、と言われ大人しく半歩ほど後ろで背中を追うことをになった。行き先は特に伝えてはくれず、ブーツの踵が石畳にあたる音が響く。特に会話をする訳でもなく大通りを歩く。
 店先には人が買い物をしたり、談笑をしたりしている。店先で声を掛けられ、今日は用事があるんだごめんな、と困り顔で返事するスティングにいつもと違う側面を垣間見ることが出来てこれはこれで楽しかった。きっと町の人たちにも愛されているギルドを作っているのがこのスティングというギルドマスターなのだろう。他人事なのに少しだけオレが誇らしい気持ちになった。
 大通りから一本はずれ、更に脇に入った小さな路地を少し歩いていると、家と家の間にこぢんまりした青と白の壁の店があった。扉には開くと音がする為に施されている小さなベルがあるのでおそらく何かの店だろう。
「なんだよここ」
「レストラン。ナツさんなんか食べてきた?」
「いや、何も」
「じゃあ一緒に食べようぜ」
 さっきまで飲んでいただけで何かを食べていた訳では無かったスティングに言われるがまま、扉を開いてスティングの後に続くこととなった。
 店の中は数席しかなく、客は居ない。確かに昼を過ぎているので居ないのかと思いきや、スティングに聞くと普段は行列が出来るほど繁盛しているらしい。食べられれば食べ物は何でも食べるが味は二の次で特に気にしたことがない。町の人たちが並ぶということは味が折り紙付きと言うことだろう。スティングはそういう店を選ぶんだと、また一つ知らない一面を垣間見た。
 奥から店員が出てきて、スティングに声を掛ける。お待ちしてました、とだけ言うと席に通された。路地側ではなく大通りに面した出窓が直ぐ隣にある席で壁にテーブルがくっつけられている。それぞれ椅子を引き、向かい合って座ると店員がガラスの水差しとグラスを持ってきた。いらっしゃいませ、と声がかかるとスティングがおすすめで、と注文をする。メニューがないのでどういった物が食べられるのかが検討つかないがスティングと同じものを、と言って頼み、店員は一礼して去っていった。
「っていうか、こんな小さい店に何の用事だよ」
「いいからいいから」
「よくねェって。そもそも、なんでハッピー達を使ってオレを呼び出したんだよ」
 席に座るまで普段とは打って変わって口を開かなかったスティングを見ると、曖昧に笑ってそれからオレからの糾弾を避けるように出窓から外の景色を眺めた。こいつ、話を逸らしやがったな、と口を開こうとすると前菜とスープがテーブルの前に置かれる。ありがとう、と店員にお礼を言いフォークで前菜を突き刺しながら口に運んだ。野菜に掛かっている酸味のきいたドレッシングがおいしい。が、メインではないので腹はもちろん膨れない。口を大きく動かしながらスティングの食べる様子を見ていた。
 オレとは違って丁寧に食べる。外面がいいのか、はたまたギルドマスターという矢面に立たされる仕事もやっているからか。一つ一つが優美で女も放っておくはずがない所作だった。
 さっと食べ終わりナプキンで口を拭いている。オレみたいに雑に拭っていない。
「……あのよ、こういう店だからそういう食べ方すんのか?」
「まーそれもあるけど、ナツさんの前だし」
「オレの前だからって、……」
 気を遣わなくても。恋人なんだから。そう声に出そうと思った矢先、メインの肉料理とライスが運ばれてくる。量はそんなに多くない。店を出たら直ぐにでも腹が減りそうな量だと正直思ったけど、口に出さずフォークとナイフで切り分けていく。
 オレがどれだけ破天荒だと言われても、流石に二人きりでこういう店に来ていて、スティングが行儀良くしているのを見てしまったらオレだって従うほかない。エルザが居たらぶん殴られて大人しくするが今は違う。
 今度はスティングの方が早かったらしく、既に一口食べている。小さく首を縦に振って味を確かめているようだった。咀嚼し終えると、オレにちらっと視線を投げかけて微笑んでからまた肉を切り分けて口に運んだ。スティングが、何がしたいか全く分からず首を傾げながら肉を口に入れる。歯で噛み切れるぐらい柔らかく、肉汁が溢れてソースと一緒に絡むとまた格別においしい。昼下がりということはランチの時間帯なので、この店に並んで食べにくる理由も分かる。
「旨い?」
「ん」
「オレもお嬢たちと何回か来て、いいなと思ってさ。ナツさんと一緒に来たかった」
 咀嚼をしながらスティングが外の景色を見ながらとつとつと話し出す。まだ肝心な本題が聞けていないのはきっと気のせいじゃない。あえて外しているみたいだった。スティングの表情を見ようと料理から目線だけを上げて盗み見ると、穏やかな顔つきで大通りを眺めている。つられてオレも外へ顔をやると、元気に走り回っている子供たちが見えた。スティングは昔自分にまとわりついてきていた、という話をちらりと耳にしたが覚えていないので、いつか聞いてみたくなった。
「メシ、冷めるぞ」
 それだけスティングに伝えると、オレの顔を見て微笑んでから再びカラトリーを手にして料理を口に運んだ。
 
 一通り食べ終わった後、会計を払う払わないで一悶着したあと外にでる。そろそろ夕方へと太陽が傾こうとしている時間でもまだこの季節は日差しが心地よかった。大きく一度伸びをして、スティングへと声をかけるとちょっと歩こうと言われ地面を蹴り出す。次の行き先も伝えられず、とりあえず隣でスティングの話に耳を傾ける。やれローグがどうの、ミネルバがどうの。剣咬は相変わらず依頼がひっきりなしに舞い込んでくるらしく、最近妖精の尻尾に顔を出していなかったのもギルドマスターとしての業務が慌ただしかったようだった。
「本当はちょっとでもナツさんの顔見たかったんたけど」
「無理すんなよ。お前だって乗り物酔いあんだろ」
「それはそうだけど、……えーっと」
 また濁された。ベッドでは流暢に喋る癖に、今は言葉をあまり伝えたくないらしい。そんなに早くホテルに行きたいなら連れて行けばいいのに、とオレは口に出しそうになったが人がたくさん往来している中で言うのはあまり良いことではないのは知っているので口を噤んだ。いったい、今日のコイツは何がしたいんだろう。
「あ、ここだ」
「……花屋?」
 立ち止まったのは小さな花屋だった。店先の花は白と緑にまとまり、落ち着いた雰囲気で一見すると花屋には見えない雰囲気の店だ。確かに色々な花の匂いが混じって香ってくるのでそこで花屋だとようやく分かる。
「ナツさんはここで待ってて。店の中、多分キツいから」
 オレよりも嗅覚が敏感ではないスティングがそれだけを言い残して奥へ行ってしまう。花屋に用事があるなんて珍しいと思いつつ、外に飾られている興味が持てない花達を眺めていると、スティングはあっさり戻ってきた。視線を少し下げると控えめな花束が手にされている。つまり、買ってきたということだ。
「誰かに渡すのかよ」
「そうだよ」
「……誰に、だよ」
 わざわざ連れ出して食事して花屋まで来て渡す相手がスティングにはいる。なし崩しに付き合った関係とはいえ、自分ばかりが舞い上がっていたということか。オレは悔しさと勘違いから羞恥が込み上げてくる。どうしてのこのこと大人しくついてきてしまったんだろう。後悔が心をざわめかせる。指を手のひらに食い込ませるほどぎゅっと強く握りしめ、顔を俯かせながらスティングに聞いた。
「えっ、ナツさん? どうしたの? 腹痛くなった?」
 スティングが慌ててオレの体調を尋ねる。何を今更聞いてるんだろう。こっちはその花束を買う姿を見せられて落ち込みかけているのに。腹の奥がずしんと重たくなる。これは体調じゃなく、気持ちの方が問題だった。オレは顔を上げずそのまま言葉を進める。
「……ちげェ。その花、誰にやんだよ」
「誰って、ナツさんだけど?」
「はぁ?」
 オレは顔を即座に上げた。花をくれる相手がオレだったなんて。普段花のはの字もない相手に花束をやる方がどうかしてると思うが、自分にくれると告げられて驚かないやつだっていないだろう。
 スティングは不思議そうな顔をしてオレを見ている。顔面にはなに言ってるんだ、と書いてある気がしたが実際は分からない。
 そんなスティングの表情が徐々にだが固くなっていく。何かを思いつめたような、そんな真面目な顔を今しなくても、と言うように眉を寄せた。
「あのね、ナツさん。オレ、ずっと心に引っかかってた」
 何を、と言う前にスティングが膝を出し一歩距離を詰める。まだこれは普通の友人の距離感。オレはスティングが言い出す言葉をじっと待つ。
「だから、改めて告白しようと思って」
 意を決したように、瞳をあげオレとの視線を真っ直ぐに絡める。
「好きだよ、ナツさん。オレと恋人になって下さい。お願いします」
「……バーカ」
 花束を差し出し、それと同時に腰をおり深くお辞儀をする形でオレに好きと告げてきた。確かに最中には告げられていたような気がするが、付き合うためにいちいち言わなくてもなんとなく雰囲気で付き合い始めたことを後悔はしていなかった。それでもスティングに言われて、胸がいっぱいになるのがありありと分かる。これは嬉しいという気持ちが、身体中に溢れてきた。
「言われなくても、もう恋人だっつの。……でも、すげェ嬉しい」
 気恥ずかしさでいっぱいになりながらも、差し出された花束を両手で受け取り、胸の前で一度抱きかかえる。控えめな花束には白い小さな花があしらわれオレの髪と同じピンクと、服の差し色の黄色、あとは緑と白が散りばめられてはいて全体的にまとまっている印象を受ける、そんな花束だった。
 花の匂いが鼻の奥へ吸われ、その匂いを堪能してから眉を下げながらオレは笑った。嬉しさは直接伝えたい。そう言葉を出すと、スティングは折っていた腰を戻し、安堵の表情を浮かべてまた一歩オレに歩みよってきた。
「良かった。断られるんじゃないかと思ってた」
「あんなことしておいて、断るわけ」
 あんなこと、は身体の関係を思い浮かべながら口に出す。公道でそんなことを言うわけにはいかず、濁して言うと、スティングがつま先がくっつくほど身体を近づけてきた。さすがにこれは近すぎる、と眉を潜めようとした時、スティングの首がオレの顔の横へと伸ばされた。
「あんなことって?」
 ひっそりと、それでいて甘さを含んでいる声が耳に流し込まれて途端にオレの顔が火を噴くように真っ赤になった。飛び上がりながら一歩後ろに下がり、片耳を手で抑えながらスティングに担架を切った。
「っ! 知らねェ! ハッピーたち迎えに行くぞ!」
「はいはい」
 分かってやっていたスティングが苦笑いを浮かべながらオレの隣にくる。こういうことをされても、やっぱりコイツのことが好きで改めて惚れた弱みっていうものを感じてしまった。オレだって、お前のことが好きと、今度はオレから改めて伝えようと心の中で決心しながら、オレたちは剣咬のギルド会館へと戻って行く。
 帰路を歩いてる最中、オレを連れ出して他のやつに花束を渡すのかと思って勘違いしたことを詫び、スティングはハッピーたちを使って呼び出したのはこの告白をしたかったという事の顛末を明かした。最初から言ってくれたらくるのに、とオレが口を尖らせながら言うとドラマチックにしてみたかった。隠してごめん、と謝られた。お互いにひとしきり謝った後、顔を見合わせて笑い出す。顔を合わせるだけじゃなくて、もう少し会話も必要だとオレは内省した。
 
「猫会終わったか?」
「ナツー!楽しかった!」
「リリーやシャルルも楽しかったか?」
「ああ」
「ええ。もちろんよ」
 オレたちが剣咬の敷地の前に建てられている石柱の辺りまで帰ってくると、エクシード達の相手をしているローグの姿が見えた。エクシード達はきゃあきゃあと何かを言いながら相変わらず楽しそうにはしゃいでいる。あのリリーでさえ顔を綻ばせているのだから相当楽しいらしい。
 誰ともなく声をかけると相棒のハッピーが飛びながらオレの胸へと飛び込んできた。それに続いて引率してきたリリーとシャルルにも声をかけると、二匹とも満足げに首を縦に振りながら返事をしてくれた。
「ナツ、それは?」
 ハッピーの視線がオレの手に目がいったらしく、手に持っていた花束のことを尋ねてきた。特に隠す必要もないので、オレははっきりともらった相手を答える。
「スティングからもらった」
「……でぇきてるぅ」
 よくわからない巻き舌で、手で口元を隠すハッピーにオレは満面の笑みで言ってやる。
「そりゃ、あいつの恋人だからな!」
 驚きと嬉しさが入り混じったスティングの顔をオレはこれから嫌というほど見せつけられることをまだ知らないが、それでもこれからは胸を張って恋人と言えることに比べたらどうでもいいことだ。
 これが、オレの最高の恋人と。