ガタタン、ガタタンと遠くで電車が走っている音がした。僕は自転車を押しながらと品川君と一緒に下校中。夕方だって言うのにまだ蝉がけたたましく鳴いている。夏休み入ってまもない午後6時は明るいけれど影は長く伸びていた。
僕と品川くんの背中を照らす西日によって背中に汗が滲んでくる。暑いのは仕方がないけれど、こうして何も話さなくても品川くんと一緒に帰れるのは嬉しかった。
品川くんはペラペラ話す子じゃない。僕もそうだけれど、だからと言ってその沈黙は嫌いじゃなかった。蝉の鳴き声は、僕たちの話す間のBGM。
「…あっちいな」
「そうだね」
「明日も補習かよ。めんでぇな」
「仕方ないよ。また僕は図書室で時間潰してればいい?」
期末テストの結果が悪く、規定日数を夏休みでてこなくてはいけなくなった品川くんにあくまでも勉強を補習の後で教えるという口実で僕はくっついていた。
勿論、点数は悪くないので品川くんが補習をしている間は1人で図書室にこもり本を読んで時間を潰している。
品川くんは嫌と言わなかった。その代わりオレが終わるまで待ってろよ。彼には僕の嘘なんかバレバレ、その上可愛い我が儘の部類にはいる。そんなの勿論だよ、と言うと小さく頷くだけだった。
そんな品川くんに明日の約束を取り付けるために再び確認した。彼はなぜか僕に向けていた顔を俯けて小さく返事をした。
「…おう」
「?」
僕が頭の上に疑問符を浮かべて顔を覗きこもうとするとバッと顔を勢いよくあげて、その上睨んできた。
何も悪い事をしていないのに睨まれるのはちょっと理不尽な気がする。まあ、良く睨まれるから気にしないけど。
そんなこんなで僕はもっと遠くの町に住んでいるので、踏切の前で湧かれようと立ち止まった。
彼は別れの言葉もかけずにそのまま遮断機の向こうへと歩いて行ってしまう。バイバイとかじゃあな、とか声をかける間もくれず彼はすでに線路を2つ通りこした向こう側にいた。
すると警報機が夕暮れの空に響き渡る。顔をあげて警報機をみるとどうやら両方向から電車はくるらしかった。
そこでようやく品川くんがくるり、と肩から振り返り僕と向き合う。車の通りが少ないこの道は、僕と品川くんだけしかいない。後は影って伸びる長い影と、赤い空。
「品川くんまた」
「千葉」
そう僕の名前を呼びかけられたのと同時に電車が轟音を立て僕たちの目の前を通り過ぎてゆく。ガタタン、ゴトトンと線路の段差で派手に軋む。
品川くんは僕を呼んだあと何かを言っているのが聞こえた。何かが全くわからないけれど、何かの言葉。
僕の髪の毛が横に流れて、それを手櫛で戻しながら聞こえないよ、と大声で叫んだ。
漸く電車は途切れて、暫しの静寂。
「品川くん、あの」
「千葉」
また今度は逆方向から電車がやってくる。タイミングがいいのか悪いのかよくわからないが、上手く品川くんの言葉を遮ってる。
何を言っているのかわからない。しかし二回とも僕の名前を呼んだ時に神妙な眼差しで僕を呼んだ。
何かいいたいことでもあるんだろうか。
今度は叫ばずに僕なりに品川くんの意図を考えた。電車は通り過ぎるだけで答えなんかでるはずがなかった。
漸く電車は通りすぎ、遮断機が頭上にあがった。しかし品川くんは一向に動く気配が感じられず、僕もその場に立ち竦んでしまった。品川くんは俯いていて全く表情が分からない。
「品川、くん?」
線路を跨いで歩こうと一歩踏み出したその時、品川くんがさっきと同じく顔をあげて僕を睨んできた。
なんでそんなに睨むのかがよく分からない。僕は、君の名前をただ呼んだだけなのに。
僕は思わずその一歩は踏み出さず、そのまま品川くんと向き合う。
夕暮れだった空はどんどん藍色になって、綺麗なグラデーションを作ってゆく。影がなくなり、闇が直に支配する時間。
時計をみると既に30分立っていた。
「っあーーーー!!!!だからっ!!!」
品川くんが突然謎の奇声を発して、僕は思わず肩をビクリと震わせてしまった。奇声も奇声だけれどその声の大きさにも驚いてしまう。
僕は怪訝そうな顔をして彼の顔をみていると彼は大股でこちらに向かってきて、かつ、近づいたと思ったら腕を伸ばし僕のシャツの襟元を掴んで顔を思い切り近づけた。
あ、キス出来そうなんて思ってしまった僕がここにいる。
「し、しながわ、く」
「好きなんだよバーカ!!!!」
それだけ言い放って彼は手を話し、勢い良く走り去ってしまった。
僕は鳩が豆鉄砲を食らったかのようにポカーンと立ち尽くしていた。だって、何あの告白反則。睨んでいたのは自分の決意?にしても、品川くんは反則すぎる。
口元を片手で押さえて堪えようのない嬉しさに僕はどうすることもできない。
あ、でもなんで突然言い出したんだろう?そんな疑問を残して僕は誰もいなくなった道を一人で自転車に跨って、思い切り漕ぎ始める。
彼の不器用な告白が何度も何度も頭の中で繰り返された。
ヤンメガ/千品